それはあり得ない愛なのか・・・ ヴェルディ作曲:歌劇「リゴレット」
歌劇《リゴレット》(G.ヴェルディ)
「愛」の形に正解はない。
そんな「愛」などあり得ない。他人から見たら、そう見えるものでも、本人からすれば、必然なのかもしれない。それが純粋であればあるほど。
《リゴレット》はまさにそのようなオペラだ。
《リゴレット》には3つの愛の形が登場する。
一つ目は、娘を思う父親の愛。
二つ目は、享楽に全力を注ぐ愛。
そして、三つ目が、純粋すぎる若い娘の愛。
これらが複雑に絡み合い、物語は救いようのない結末へと進む。
リゴレットは醜い容姿であるが故に、差別を受けながら生きてきた。
イタリアの小国マントヴァに移り住んで3カ月。領主である公爵のお抱え道化師として働いている。公爵はリゴレットを道化師として召し抱える条件として、「この俺を笑わせろ」と言った。リゴレットは毒舌を用い、宮廷の家臣(廷臣)たちをからかい、皮肉り、揶揄し、公爵を喜ばせた。
奇形と嘲笑われる人生。人から笑われる自分は、人を笑わせること以外に能がないと自嘲する。無理でもやらなくてはならない。生きるために。
「俺は暗殺者と同じ。暗殺者は剣で人を殺し、俺は、この舌で人をあざ笑う。人でなし? 俺がこうなったのは、お前たちのせいだ」
そんなリゴレットが唯一、人間を取り戻せる場所がある。最愛の一人娘ジルダの存在だ。もうこの世にいない妻は、「惨めな自分に同情し、愛してくれた」。その忘れ形見であるジルダは、リゴレットにとって、生きる唯一の希望なのだ。だからこそ、絶対に失いたくない。
リゴレットはジルダに対し、毎週日曜日の教会の礼拝以外の外出を禁じた。娘の存在が明るみになり、周りから恨みを買っている自身への復讐の刃が、ジルダに向かうことを恐れたからだ。
しかし、ジルダの存在は廷臣たち、そして何より好色で知られる公爵の目に留まってしまう。
週一度の礼拝に姿を見せるジルダ。その美しさはまるで天使のようだった。愛を求める公爵はお忍び姿で礼拝に通い、ジルダを見染める。一方のジルダも、若い青年からの熱い視線を無視できないほど感じていた。父親に束縛されて生きてきた少女の心の中に、情熱が燻っている。
そして、公爵が目の前に現れ、ありったけの情熱を持って、ジルダに愛の言葉を畳みかける。
「愛は心の太陽。僕の命。君の声は心のときめき。名声も王座も栄光も儚いもの。清らかな愛だけが僕たち2人を天使の側に近づける。だから、愛し合おう!」
ジルダは戸惑いながらも、次第に自分の心を開放する。純粋であるが故に、愛の炎はものすごい勢いで燃え上がった。
「愛しい人。私の思いはあなたの元へ飛んでいく。私が死ぬ、その最期のため息まで。愛しい人の名前はあなたのまま」
若く陽気で男前の公爵。彼の全身全霊の愛の言葉を受け、心ときめかない女性はいない。領主の家に育った公爵の愛とは。
「風の中の羽のように、いつも変わる女心。熱い涙、派手な笑顔、あれもこれも嘘偽り」
これが公爵の女性観だ。人生観と言ってもいいかもしれない。男女問わず、権力者に近づいてくる者について、実体験からこう考えるようになったのだろう。
「どんなに美しい女性でも、私の心は渡さない。今日あの女性を好きになれば、明日は別の女性を気にいるだろう」。
しかし、こうも言っている。「美女が私をその気にさせれば、アルゴスの百眼にも挑戦しよう」。
アルゴスとはギリシア神話に登場する巨人。全身に目がついているため、死角がない。一人の女性を一生をかけて愛することはないが、一瞬でも愛した女性には、全身全霊をかけて愛を注ぐ。常人には理解できないかもしれないが、これが公爵の刹那の愛だ。
公爵は貧しい学生だと身分を偽ってジルダに近づき、2人は恋に落ちた。しかし、直後にジルダは廷臣たちに攫われてしまう。それを知った公爵の心情は非常に複雑だ。
「彼女は私に永遠の愛を初めて目覚めさせてくれた。そんな愛しい人をさらったのは誰だ! 必ず復讐する!」と彼女の身を本気で心配し、怒りを爆発させる。その一方、彼女に告げた偽りの人格、貧しい学生のグアルティエル・マルデとして「彼はあなたを救えなかった。彼はあなたの幸せを望んでいる」と、まるで他人事のように語る。
その後、公爵は廷臣たちが連れてきたのがジルダだとわかると、目の色を変え、寝室へと消える。ここに公爵の抱える心の闇を垣間見ることができる。
ジルダは廷臣に攫われた上、よりによって、あの公爵から恥ずかめを受けてしまった。大事な娘を傷つけられたリゴレットの怒りは頂点に達し、殺し屋スパラフチーレに公爵暗殺を依頼した。
殺し屋は踊り子の妹マッダレーナを使って公爵を誘惑させ、自身が営む町外れの宿屋へ誘い込む。
リゴレットはジルダに、公爵がマッダレーナを口説いている姿を見せ、公爵の本当の姿を知らせる。裏切られたと涙するジルダ。父から「今夜のうちに街を出よう。私も後から行く。さあ、行きなさい」と言われる。
とんでもない男だと心では理解するジルダ。しかし、その足は再び宿屋へと向かっていた。
そこで殺し屋とマッダレーナの会話から、公爵の暗殺計画を知る。ただ、殺害直前になって、公爵に惚れてしまったマッダレーナが、兄に公爵の命乞いをする。そこで、兄は「真夜中12時までに、この宿屋に来た奴を身代わりとして殺す」と提案する。
その日の夜は、嵐だった。「こんな嵐の夜に、誰も来ないよ!」マッダレーナは涙を流す。
11時半を告げる鐘が鳴る。兄「まだ30分ある」。時間が迫る。
ジルダは、「あの人は私の愛を裏切ったけれど、、、私はあの人の身代わりになりたい」と決心。戸を叩き、宿屋の中に入って行った。。
「神様、この酷い人たちをお許しください。許してお父様。これから救おうとする人の幸せを願います」
ジルダは公爵の身代わりとなり殺し屋に刺され命を落とした。
裏切られた相手の命のために、自分の命を犠牲にする。
あり得ない。普通はあり得ない。
だが、本当にそうだろうか。
その答えはあなた自身が見つけるしかない。
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