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やたらに描写の細かい日記_並木通りの処理

令和六年十一月二十二日

 今ごろが今年の小雪らしい。小雪とは読んで字のごとく、秋が深まって雨がわずかながら雪を交えはじめるころを昔はそのように名付けて呼んでいたという。すでに古くなった呼び名に反して見えないほどの薄雲しか空にかからない、清廉な晴れの日になった。
 昼過ぎ、駅前のT字路に架かった横断歩道を渡ったとき、向こう岸から駆けてくる子供の上着に輝くほどの陽が差していた。こんな数秒ばかりを積み重ねていつまでも生きていかれたら、と、口をついた軽はずみな言葉がしばらく白線の上にわだかまり、やがて動きだした車の列にぶつかって流されていった。

令和六年十一月二十三日

 アパートの面する通りで、唐楓の並木が枝を打たれていた。リフト車が高く空に掲げた作業床の上で、紺のツナギの数名がおもむろに鋏を動かしている。
 この辺りではもう数週で色づこうという枝も毎年構わず打ってしまうから、楓並木の甲斐がない。そのうえ打つとなれば一切を打って丸坊主にせずには済まないので、住民は春も夏も、当年に生えたばかりの細枝だけがゆらゆらと揺れる水草のような樹勢しか見られない。

令和六年十一月二十九日

 一昨日に住まいを移した。
 日記を見返すと、旧居でつけた最後の記録でもあの唐楓の並木にかかずらっていた。都心から逃げ出すように広い川を越えて選んだ新天地は駅前通りにハナノキが並ぶ。こちらは無事に秋雨を越えて色がつき、紅葉の散り敷いた坂道を目で上へ、上へと辿れば透けた朱色の樹冠が列になって、浅いじょうごの形に晴天の空を切り取っている。

令和六年十一月三十日

 夕方、隣駅から新居へと坂を登っていく道中で、腿のあたりをはらりと白いものが漂った。見ると今年初めての雪虫で、尻に青白い毛をたくわえた可憐なこの虫を、ずっと西の方ではユキンコと俗称することが思い出された。

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