「羊雨アイスコーヒー」

 なんだか体が重かった。今日は最近聴くようになったバンドのライブの日。昨日までは夕食を食べすぎるくらいワクワクしていたのに、目が覚めればなんだか憂鬱だった。天気は曇り、グッズを買う列に並ぶには最高の天気。この憂鬱はおそらくこのライブを一緒に共有できるパートナーがいない事だろう。チケットを買った時は誰か誘えば一緒に行ってくれると軽く2枚のチケットを購入していた。それから約二ヶ月、誘えた相手は一人もいなかった。元々友達は少ない方だが、一人くらい誘えるだろうと思っていたのが浅い考えだった。一応一人でも大丈夫だと思ってはいたのだけど、意外と落ち込むものだな。
 チケット番号が600番台で遅めだったため、急いで行く必要もないと思い、朝の準備はゆっくりにした。電車の時間も特に調べず自分のペースで全てを進めていった。
 距離的に普段は簡単には行くことのできない大好きなパン屋でお昼を買うことにした。注文の際、朝起きてから一日誰とも話さなかった私は声が思うように出せず店員に全然伝わらない。何度も「かぼちゃとサワークリームのフォカッチャ…あ、かぼちゃの…かぼちゃとサワークリームのやつ…」ここは人気店のため店内にはたくさんのお客さんが入っていた。慌てて、目が泳ぐ。冷房のきいた店内でさえ、汗は止まらない。なんとか伝わったがその後のパンはなるべく言いやすい名前のパンだけを無意識に選んでいた。その中の一つ、アップルは食べたかったパンだったからよしとしよう。
 それから近くの公園へ行き、鳥のフン付きベンチが多々並ぶなか、よりキレイなベンチを探しだし、一息つくことができた。曇りとはいえ30度を超える日中は汗の量が尋常じゃない。苦労して伝えた、かぼちゃとサワークリームのフォカッチャは絶品だった。
 午前13時。まだグッズ販売にも時間がある。ぷらぷらするのもいいが、思いの外お腹がいっぱいになってしまい、眠気とだるさでなかなかその場から動けないでいた。ぼーとしたまま目の前を通り過ぎる人や鳩や烏を眺める。水飲み場には3人の男。顔を洗う者や水を汲む者、ハンカチを濡らす者。これがこの公園の当たり前なのかとなんとなく納得していると、一羽の鳩が落ち葉でつまづいた。これは私にとっての非日常で、鳩がつまづく姿は人間のつまづくのとそう変わりがなかった。なぜか私は見ては行けないと、瞬時に目を逸らしたことがおかしくて顔がにやける。
 ライブ会場近くのショッピングモールに着くと何を目指すわけでもなくただひたすらに売り場を熱心に見て周る。時々店員に話しかけられるが軽く断り
、時間が過ぎるのを待つ。タルト屋の店の前には行列ができ、キラキラした客が笑顔で自分の番がやってくるのを待っている。甘いものは人を幸せにすることはここで証明されるはずだ。
 そろそろグッズに並ぶため行き先を会場に向けた。平日にも関わらず駅には沢山の人がどこかに向かって歩いている。私の向かう方向とは逆に歩く人と目が合う、何度も何度も。私の顔に何かついているのだろうか。変な顔をしているのは確かだが、そんなに見なくてもいいじゃないか。なるべく下を向いて歩いていると、予報にはなかった雨雲が雨を降らし始める。すぐに止みそうじゃないと思い、惜しいがコンビニで折りたたみ傘を購入することにした。店内に入ると、一人の男が同じように傘を眺めているとことだった。そんなに種類があるわけでもないのになかなか決められなず迷う男。わたしはコンビニをかえた。その道中も雨は強さと量を増し、徐々に私は濡れていく。あの男、と思ったが諦めて外に出たのは私だ。責めるのはおかしい。なんとか傘も買い、グッズも濡れるのを最小限に抑えて買うことができた。
 開演まであと約3時間。私は近くの喫茶店でcセットのケーキとアイスコーヒーで時間を潰す。900円でカウンター席を3時間も占領するのは迷惑だろうか。私もそろそろ店内の冷房とアイスコーヒー2杯のせいで指先が冷えてきた。早く出たいとは思っているが、後10分だけ居させてほしい。
 気のせいかもしれないが、厨房でトレーを重ねる音、冷蔵庫を閉じる音、足音、それら全てが刺々しく聞こえた。
 充電器のプラグの熱が私の冷えた手を温める。

 羊は叫んだ、すると周りの天使は微笑んだ。
 私は天使と悪魔の違いが分からなくなった。
 深く吸い込んだ空気は私の心を蝕む。

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