見出し画像

てっぺん詐欺

保険金詐欺、オレオレ詐欺、フィッシング詐欺・・・世の中にはいろんな詐欺がある。祖母のところにもオレオレ詐欺の電話があったそうな。

いまのところ、わたしはそういった被害にあっていないが、ひとつ、毎回のようにひっかかってしまうものがある。

それが、てっぺん詐欺。

てっぺん詐欺とは、山頂と信じてひたすら上ったそこが、実は山頂ではなかったというわたしの造語である。

2時間以上かけて登る高い山で、その詐欺に合いやすい。

高い山だと、山頂手前の段々になっているところが、見上げた角度からは山頂のように見えるときがある。
他には、登山道の向かう方向にある、それっぽい山の尖りが山頂だと思ったのに、途中で登山道が90度に折れ、実はまったく別のところが山頂であったり。山は意地が悪い。

最近ではこの春、宮之浦岳に行ったときまんまと騙された。宮之浦岳は屋久島にある九州最高峰の山で、往復9時間以上かかる。100名山制覇を夢見る夫とともに、デスクワーク民であるわたしも若干の不安を抱えつつ挑んだ。

朝の6時前、淀川登山口に足を踏み入れた。

序盤は好調。宮之浦岳というか、屋久島は全体的に自然が美しい。生えている植物も、関東とは趣が異なり、ジャングルっぽいところで冒険心を刺激されたと思えば、大木に神秘性を感じつつも日本昔話のような懐かしさを覚える。

巨岩に圧倒され、透き通る川や湿原の水に感動し、途中出会った屋久ザルに癒される。アスレチックばりの急斜面の岩に、たらされた縄を引っ張って登るのは楽しかった。

往復で9時間以上もかかるが、景色も道もがらっと変わるので道中あきることはない。

あきることはないのだが・・・・疲労はたまる。

実は前日、縄文杉を観に往復10時間かけてトレッキングをしたのだ。デスクワークで立っているよりも座っている時間の方が圧倒的に多いわたし。急に過酷な現場に放り込まれた足から、労働基準法について切々と訴えかけられる。

歩くこと、2時間半ぐらい?とうとう山頂が見えてきた。宮之浦岳は道中で巨岩があちこちに見えるのだが、その中でひときわ立派な岩がずん、とそびえている。

「山頂をバックに写真を撮ろう」という夫とともに写真を撮る。やはりゴールが見えるのと見えないのとでは気持ちの入り方が違う。萎えかけたやる気と足に活が入った。

そしてまたひたすら歩くのだが・・・途中で「あれ?」となる。あの目印のような巨岩へ向かっていた登山道が、段々とそれてきたような・・・。

不穏な予測は段々と確信に迫り、くるりと登山道は方向転換した。

「あっちが山頂じゃないんかい!」

まったくまぎらわしい。いや、ちゃんと地図でルートを確認しなかった自分が悪いのだが、それにしても雰囲気がまさに山頂たる凛々しさだったのである。

ショックを受けるとともに、また別の立派な巨岩が目に移った。今度は少し平べったい岩である。

あれこそが、とまだショックを引きずる足を持ち上げ、一歩一歩確実に進んでいく。

そして辿り着いたのは・・・・

「くりお岳」

山頂は山頂だけど、違う!目指しているのは宮之浦岳の山頂である。

そのくりお岳の巨岩の裏を覗くと、道がある。何段構えで騙しに来るのだろう。

そしてくりお岳から15~20分くらいで、今度は本当に!宮之浦岳へついた。約4時間半をかけて、ようやっと宮之浦岳のてっぺんに到着である。

ショックを2回も乗り越えている分、感動もひとしお。山頂からは太陽に照らされた草原と、草原に生えるように、あちこちに転がる岩、もこもこの雲と青い空が見渡せ、叫びだしたい程のすがすがしさを感じる。

きてよかったなぁ、としみじみと思った。

実は、宮之浦岳へはそれほど興味がなく、行きたいと言い出した夫へ、わたしは内心「えぇ~」と思っていた。

だって、屋久島にせっかくいくのだから縄文杉は見たい。それは外せない。でも宮之浦岳へも行くとなると・・・。どちらも往復10時間かかる。天気予報や日程を考えると、2日続けて挑むことになりそうだった。「えぇ~」となる気持ちも、ちょっとは分かってもらえると思う。

けれども、結果的には宮之浦岳山頂へ無事辿りつき、挑戦して良かったと嘘偽りなく思った。

下山中、60歳程のおじさんに声をかけられた。

「あれが山頂ですか?」

指さす先、わたしたちが山頂と信じて疑わなかったあのそれっぽい巨岩があった。

「あ~、残念ながら違うんですよ」と、夫。

「そうですか」

おじさんはにこやかだったが、声は残念そうだった。わたしは夫の横で「分かる分かる!やっぱり山頂って勘違いするよね!」と内心がくがく頷いていた。

もし、わたしがおじさんのように山頂か尋ねていたら、どうなっていただろう。

登頂は目指しただろう。けれどもゴールがまだ先と知って、気が重くなったろうことは間違いない。

わたしは、勘違いをしたからこそ、「あれが山頂だ!」と疲れていたけれども少し元気を取り戻せた。足もちょっとだけ軽くなって、やる気が出た。ゴールが見えたから、と風景を楽しむ余裕も持てた。

ううん、そう考えると、てっぺん詐欺は一概に悪いとは言えない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?