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フィリピンで聞いた怖い話①【現場で寝ていたら…】

僕は今フィリピンで仕事をしている。

建築関係の仕事なのだが、一緒に現場で働いている仲間たちは皆フィリピン人だ。

みんな陽気で面白い奴らだ。毎日冗談ばかり言い合って笑ってる。

そんな彼らとは、仕事が始まる前、いつもタバコをふかしながら色々雑談をしている。

大抵バカ話ばかりなのだが、ある時ふと思い立って、「幽霊、見たことある?」と聞いてみるたことがある。

「—―あるよ」

そう言ったのはデニーだった。

デニーは太っちょでみんなより色が黒い。山奥に住んでいて、2時間近くかけて現場まで通勤している。

いつも怪しげなヒンズー語やアラビア語で挨拶してくる、冗談好きの陽気な奴だ。

そんなデニーが、僕のあげたタバコをくゆらせ少し遠くを見るような目をしながら、話をしてくれた。


その頃、デニーはある工場の現場で仕事をしていた。空調フィルターの工事だったらしい。

その日は夜勤の仕事だった。仕事を終えた朝、デニーはそのまま現場で寝ていた。仕事がつまってくると、帰れないことが度々あったらしい。

現場にベッドや布団なんてないので、その辺で寝るしかない。さすがに地面で寝るのは抵抗あるので、デニーは自分たちがいじっているフィルターの上で寝ていた。

フィルターというモノがどんなものなのか話を聞いていた僕にもよく分からなかったが、とにかく地上から1mほどの高さのある、平坦な台みたいなものらしい。

そんなフィルターの上で仰向けになって寝ていると、誰かの喋る声が聞こえた。

人の出入りの多い工事現場だ。日勤の人間か、誰かが入れ替えで現場に来て喋っている、別に驚くことでも何でもない。そんなことに気を取られていたら現場で寝てなんかいられない。

しかし、どうやらその声はデニーのすぐそばから聞こえるようだった。まるでデニーに話しかけている、そんなような気がした。

デニーはぼんやりと目を覚ました。仰向けのまま、うっすらと目を開けた。

―――目と鼻の先に、男の顔があった。

50代くらいの、知らない男。無表情な男の顔が、上から屈むようにしてじっとデニーを見下ろし、ブツブツと何かつぶやいていた。

デニーは飛び上がり、そのまま一目散に逃げた。後ろは振り返らなかった。


数日後、今度は昼間の休憩時間にデニーは寝てた。その日は日勤だったらしい。

前回フィルターの上で寝てたいら怖い目に遭ったので、今回は下のローリングドア(?)の上で寝た。

ローリングドアというのが何なのか、説明を聞いてもさっぱり分からなかったが、とにかくデニーが”より安全”と感じるどこかに移って寝ていたということらしい。

すると、また誰かの喋り声。

目を開くと、また目の前に男の顔。

同じ男。無表情のまま何か呟いている。

またもやデニーは悲鳴を上げて逃げた。デカい図体を転がすように飛んで逃げるデニーの姿が目に浮かぶ。


話を聞き終えて、まず気になったことを聞いてみた。

「ホントに幽霊だったの?」

ひょっとしてただの”頭のおかしいオッサン”に睡眠を妨害された、それだけの話なんじゃないか?

「(幽霊だと)そう感じた」。デニーは言った。

特に透けていたりだとか、青白く光っていたりだとか、ベタな幽霊らしさがあったわけではない。デニーの目にも、男の顔は同じ人間のようにはっきりと見えた。

もう少しその”見下ろす男”の特徴を聞いてみると、デニーも細かくは覚えていないが、作業服ではなく普段着っぽい恰好をした、現場で働いている作業員の一人とは思えない感じだったらしい。当然、一緒に働いている見知った顔ではない。

しかしそこはフィリピン。日本の工事現場のように入場者制限がしっかり管理されていたのかと考えると、だいぶ怪しい。別に変なオッサンの1人くらい簡単に紛れ込めそうだ。


とはいえ、デニーがその男を幽霊だと直感したのも、ちょっと訳があった。

その現場は、いわゆる”出る”ところだったのだ。


その現場では、デニーが寝ていたところとは別の建屋だが、"Black Lady"と呼ばれる幽霊がしょっちゅう目撃されたらしい。

その名の通り、とにかく全身真っ黒なのだそうだ。夜仕事をしてると、そこら辺に立ってたり、そばを通り抜けたりするらしい。

ある晩、長い長いライン(工場の設備)の周りを、一晩中ぐるぐる走り回っているのを目撃されたこともあるそうだ。とにかく真っ黒な女の影が出たり消えたりする―ついたあだ名が”Black Lady”―そのままやんけ―という次第だ。

その他にも、夜中の現場にいるはずのない子供の姿が目撃されたり、声が聞こえたりと、色々と幽霊話が絶えない現場だったらしい。


さらにデニーは言った。「こんな話もあるんだ」

彼らが工事しているその工場、その土地は昔、戦時中死体を埋めた場所だった―そんな噂もあったそうだ。

戦時とはすなわち、日本軍に侵略されていた時代を指す。日本軍が殺した敵兵や民間人を、そこに大量に埋めた―。

もちろん、噂なので本当かどうか分からない。ただ、フィリピンではきっとよくある話なのだろう。幽霊話の裏に、日本がこの国に残した深い深い傷、大量に奪った命、血塗れの歴史が横たわっている―。

デニーが見た男もBlack Ladyも、それが何人(なにじん)だったのかは分からない。分かりやすく軍服を着た日本兵の幽霊、そういった話でもない。だからこの話と直接のつながりは分からない。

しかし、話の最後に突如浮かんだ「戦争」の影に、幽霊話とは別種の寒気をおぼえた。

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