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外の人(2)

 試合開始後20分、まだ日本もイラクも0-0のままだった。電車に揺られる中、手のひらの上に映し出されたゲーム速報を見つめながら、後半戦キックオフには間に合いそうだな、なんてことを考えていた。帰り際、営業の杉澤君に予算書のことをごく軽く説明だけして出るつもりが、なんやかんやで打合せになってしまい、結局会社を出るころには試合が始まってしまっていた。

〈後半戦には間に合いそうだよ〉

そう一言、裕貴へLINEを送った。その前の会話には、

〈今日香川でない〉〈本田だめパスとおらん〉〈清武いい〉

と裕貴からの実況が続いていた。

こちらが何を返しても、ただ一方的に送られてくるのみ。一体こいつは試合を見ているのかスマホをいじっているのかどっちなんだ。画面を眺めながら、思わず苦笑した。
ふと顔を見上げると、他の乗客も皆スマホを手に見つめていた。この中で私と同じように試合の速報を追っかけているのはどれくらいいるのだろう。そんなことを考えるとちょっと面白くなり、ついつい他の乗客の顔を眺めてしまう。

私の隣りの隣りに立っている中年男、イヤフォンを方耳に入れやけに真剣に画面を見ている。まず試合中継で見ていると思って間違いない。私の正面に座っている若い女性、彼女もイヤフォンをつけたまま画面を見つめているが、おそらく彼女は違うだろう。細い指先ですばやく画面を撫でているところを見ると、誰かとLINEをしているか、もしくは何かゲームでもしているのかな。

こうして俯瞰してみると、本当に乗客全員が例外なく皆スマホをいじっている。冷静に考えると異常だよな、なんて考えてしまう。つい10年ちょっと前までは、こんな光景考えられなかった。いや、その頃にはもう二つ折りのケータイを皆カチカチしていたっけ。それより昔は、皆電車内で何やっていたんだったかな?新聞を見たり、雑誌を読んでた?そう考えると、今もネットでニュースやゴシップを読んでるのとそんなに変わらないのでは――。ふと気が付くと、前に座っている女性と目が合ってしまった。

しまった。ついぼーっと考え事にふけるあまり、自分の目のやり場に無頓着だった。どうやら私はしばらく彼女の顔を無意識に見つめていたようだった。私と彼女はほぼ同時に視線を逸らしたものの、私は瞬時緊張で心臓が高鳴り、つり革を握る手が強張った。
どれくらい、見つめていたのだろう。その間、彼女はずっと私の視線を感じていたのだろうか。そして彼女は私をどう思っただろうか。キモイ、いやらしい目で見ているエロ親父と思われなかっただろうか。いや、例え相手が女性でなくても、他人の顔を無遠慮にじろじろ見つめるなど無礼以外の何者でもない。男だったら喧嘩を売られていると思われてもおかしくない。
いやいや待て待て。ただ一瞬目が合っただけだ。満員の電車ではよくあることだ。これだけの人間が敷き詰められている空間だ。視線が誰とも一瞬たりとも交わらない方がおかしい。また人間常に自分の視線に気を配っていられるものではない。何の意図や目的もなく、何かをぼーっと見つめてしまうことなどよくある。現に今の私がそうだ。しかし、とは言え、私は立った姿勢から前に座る彼女の顔を見下ろす形で見つめていた。窓の外でもなく、広告の中のモデルでもなく、生きた人間を見つめていたのだ。いくらぼーっとしていたとはいえ、目の前にいる人間の顔を普通の人は無遠慮にじっと見つめたりするものだろうか。
また、見つめていたのは顔面だけと限らない。なにせ無意識だったのだ、彼女の胸や体を凝視していたって可能性だってある。それにも彼女は気づいていた可能性だってある。そうしたらもう、たまたまぼーっとしていた目線の先にあったとは考えられにくい。意識的に彼女の身体をまなざしていたという風に受け取られて当然だ。
しかも私は中年男だ。中年のおっさんといえば、いやらしい生き物というのが世間の常識だ。そういった世間一般の認識にもとづけば、彼女が私をよくいる下劣な中年のうちのひとり、「今日会った下劣親父A」として判別、誤解するのは自然なことだ。
というか、ひょっとしたら、中年のおっさんは無意識にその下劣な情欲を事実垂れ流しているかもしれない。つまり、特に悪気や下心などなく、自然な反応として女性をいやらしい目で見てしまっているではないか。外を歩いていても、美人やスタイルの良い人を見かけると思わず目で追ってしまうとうのは、男なら誰しも経験あることだ。もしそうだとしたら、私は彼女に誤解されることを恐れる必要はない。なぜならその場合、私にはただ自覚がなかっただけで、本能的な劣情の赴くまま、それを目の前の彼女へ、けだもののように注いでいたことになるからだ。
いやいや待て待て。前に座っていたのはたまたま女性だったのだ。男が座っていても同じように見つめていたかもしれないじゃないか。そうしたら欲情も何も関係ない。やっぱり私はただぼーっとしていただけなのだ、きっとそうだ。ああしかし、どうしよう。彼女があらぬ誤解を抱いていたらどうしよう。今更どうしようもない。今から場所を移動するのは尚のこと不自然だ。私が何らかの意図を持って彼女の顔を見ていたとますます疑われてしまう。
実際彼女は今どう思っているのだろう。ひょっとしたら彼女は何とも思っていないのかもしれない。こうして大げさに考えてあれこれ心配してるのは私一人だけで、彼女の中では何も起こっていないのかもしれない。もしそうだとしたら、私がこうして焦り怯えているのは完全な加害妄想だ。
だからといって彼女の顔をもう一度見て様子を確認してみる勇気などない。確か艶やかなロングヘアに赤いフレームの眼鏡が似合うスマートな印象を与える美人だったというのを記憶している。しばらく見つめていたはずなのに、あまり細かく彼女の特徴を言いあげることができない。あと白っぽくてぴったりめなニット生地の服を着ていたような気がする。そのせいもあってか、やたら色白で華奢だったという印象が私の中に残っていた。そうだ、その白くて細長いという感覚が私の中で直感的に彼女が神経質で繊細なタイプであるという勝手なイメージに結び付き、それが今私を強く不安にさせているのに一役かっているのかもしれない。
私の白目の中では、スマホをいじる彼女の姿がうっすら確認できる。あの白く細長い指で今彼女はSNSか何かに「キモいおっさんにじろじろ見られてる死ね」とか書き込んでいる可能性がある。実は既に盗撮もされていて、私の顔写真付きでネットに回っているかもしれない。サッカーを見ながら何気なく開いたツイッターやらフェイスブックやらを通じて、既に私の息子の手元にも届いているかもしれない。
もし本当にそうなっていたら、私はお終いだ。一緒にサッカー見れなくなるどころの話ではない、二度と口もきいてくれなくなるだろう。息子だけじゃない、娘も、嫁もそうだ。いくら弁明したところで、たとえそれが家族には信じてもらえて疑いが晴れたとしても、世間から疑われ広められたという事実は変わらない。それはもう、変えることができない。もういくら後悔しても、時間は戻らないのだ。そしたら、そしたらもう、私はどうしたら良いのだろう。
 

 いつも通りの帰り道、少し速度を落としながら鉄橋を渡るいつもと変わらないこの鉄の箱の中で、私はこのとめどない不安に飲み込まれ、身体は強張り、暗い沼の中へずぶずぶと引きこまれるような眩暈を感じた。しかし不思議なことに、周囲の景色は暗くなるどころかやたら鮮明に見えた。荷物棚の鉄パイプ、広告をとめる金具の縁、窓の外に映るネオン看板の文字ひとつひとつが、私の目の表面にまるで焼き付くようにくっきりと輝いて映った。

そして “また” 私の体の内側がぞわぞわとざわめき立つのを感じた。

肋骨の奥、または食道の周りあたりが冷たく凍えながらも、同時に何かピリピリと電気のようなものを蓄えているような、そんな奇妙な感覚だった。そう、それは今日、午後の仕事中覚えた、あの感覚とそっくりだった。「また、アレが始まるかも」――一瞬脳裏をよぎった。よせ、よすんだ。私が私を制する間も与えず、ソレはもう始まってしまった。今回はもうあれこれ頭の中で会議を開く必要もなかった。頭の中で、鮮やかなイメージとしてソレは映し出された。(つづく)

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