見出し画像

誕生日の夜

完全に終わった。もう、無理。

私の物語はもうすでにここで途切れた。あとはもう知らない。勝手にしたらいい。だいたいね「これからだ!!」と意気込んだところで、また誰かに踏みにじられて笑いものにされるがオチ。こうやって入力しているうちに、携帯を半分に割りたい気分になる。…そんなことをしてもお金が無駄になるだけだからやらないけど。奇声を発してメチャクチャに破壊して事切れてしまいたい。

私はどうして、こんなに…苛立っているんだろう。
彼と大事な日に会えないから?……それ以外にないけれど、もっと他にもっともらしい理由はないのか。仕事が立て込み過ぎだとか、忘年会でお局から受けた嫌がらせがピークに達しただとか。帰省客でみっちり詰まったこの夜行バスの中で、大きく口を開けてイビキを掻いて足を投げ出しながら、リクライニングさせてる椅子を精一杯こちらに倒してきて寝てる目の前の客のせいか。

全てだ。

まったく。今ここでこのバスが事故ったら、目の前で気持ちよさそうに寝てるオマエ!オマエは真っ先に先頭席まで吹っ飛んフロントガラスを突き破って崖から落ちてしまえばいい。
深夜2時半過ぎ、運転手たちの休憩のためにパーキングエリアで停車していた長距離バスが動き出し始めて間もなく、私は脳内で毒づいた。
こんな日に限ってイヤホンが壊れて音楽が聞けないものだから、ストレスフルも甚だしい。舌打ちをしたくなる。…けど、少しばかりの世間体を気にしたところでなんの得もないのにぐっと我慢してマジックテープで閉ざされたカーテンを静かにこじ開け冷気に当たる。頭を冷やしてやんないと、3秒後に叫んでしまいそう。イビキがうるさい。

窓ガラスに額をくっつけて、さっきまでの苛立ちを受け渡す。額の熱はすぐに冷めていくのに、まだ気管辺りにまとわりついているムカつきは消えてくれない。

彼に会いたかった大事な日というのは、彼の誕生日だった。
私の誕生日を風変わりなプレゼントで祝ってくれたあと、連絡がつかなったからこっそり合鍵で忍び込んだのだ。だけど、そこに彼はいなくて。
しんと静まり返った彼の部屋から彼に電話をかけてみたら、にぎやかな喧騒と酔っている彼のご機嫌な声がスピーカーから流れてきた。
その声を聞いた瞬間、嬉しさに心が弾んだ。けど、その直後にすぐ近くにいるらしい女性の声が入ってきた。…私のすべての感情が、まるでテレビのノイズのように掻き乱れて何も映さなくなっていった。
「…もしもし?…どうしたの?!」
誕生日おめでとう。と、言いたかった。けど、声を出したら泣き出してしまいそうで、何も言えなかった。私が心細い思いをして、あなたのいない部屋で一人、どこにいるのか知りたくて電話をかけたら、とても楽しそうで、心臓が引き裂かれるのかもしれないと思った。だけど…言葉が出てこない。苦しい。息ができない。
「ははは…。ちょっと待ってね。よく聞こえないよ。」
彼は誰か複数の人達に声をかけながら席を移動したらしい。ゴソゴソと音がする。その間に、私の悲しみは寂しい嫉妬からの憎悪で彼を傷つける方に頭が働いた。
「ねぇ、今どこにいると思う?」
泣きそうになるのを、私はできるだけ抑えて低く声を出す。
「え?!わかんない…どうしたの?」
能天気に酔っ払っている司。ご機嫌なあなたには、今の私の気持ちは想像できないでしょうね。だったら、私と同じ気持ちになればいい。
「司の部屋にいるよ。今。一人で。」
「えぇ?…そうなのぉ?……なんでまた?」
その質問には答えなかった。恥ずかしくて、惨めで答えられるわけなかった。『あなたの誕生日を祝いたくて、遊びに来たんだよ』なんて、この状況を改めて認めるから、笑い声に何度も心臓を突き刺されながら気持ちをしまい込んで…とびきりの嘘を吐いた。
「あ…誰か来たみたい。……うん。あぁ、ありがとう。」
「え?誰かいるの?」
不安そうな声で聞いてきた…しっかり騙されたね。私は言葉数少なく、否定も肯定もしないように返事をした。すると、電話口で司は突然涙声になった。すると、電話の向こうの空気がざわついて『司くん、どうしたの?』『大丈夫?!え!!?どうしたの?』向こう側のみんなが司くんに気を使ってる。……そうだよ司。やっと、同じ気持ちになったね。
泣きじゃくりながら私に『なんで…』とか『どうして…』と聞いてきたけど、私のしまい込んだ嫉妬心は冷徹に「嘘だよ。」と残して通話を切った。

そう。私は司に、誰もいない彼の部屋に誰か来て一緒にいると嘘を吐いたのだ。我ながら最悪な嘘を口から出してしまった。だけどもう帰らなきゃいけない。本当は「誕生日おめでとう」と一言だけ伝えて、実家に帰るバスに乗るはずだったのに。私にとっても彼にとっても、最悪な日にしてしまった。

いい加減に、窓にくっつけた額が冷たくて痛くなってきた。そう思ったら、涙が溢れて止まらなくなって、そのまま泣いていた。
私は何がしたかったんだろう。怒っても、泣かすことまではしたくなかったのに…。だけど何も言わないで電話を切ってから、何も返事がない。まさか本当に信じたの?それでも、撤回する術はない。だからこうやって後悔に苛まれながら泣いてる。それなら泣いてしまったとしても、本当のことを言えばよかったの?
「…どこにいるのさ!せっかく誕生日を祝おうと思って遊びに来たのに居ないなんて!私以外の人たちと楽しそうに酔っ払って、すごく会いたかったのに司が居なくて、寂しいのにあんたはすごく楽しそうで、この気持ちをどうしたらいいのさ?!」
って……?どうするのが正しかったのか、今でもわからない。
わからないけど、なんでかこんなに泣いてしまう。
年が明けて、戻ってきたらなんて声をかけたらいいんだろう。
司は、嘘だってわかってくれるんだろうか?

気がついたら、バスの中は静かになっていた。さっきまでものすごいイビキを掻いていた前の席の人ですら、静かな寝息になっている。
もしかしたら私は、この偶然居合わせた客同士という不思議な空間に見守られていたのかもしれない。
車の音しか聞こえない静かな時間は、まだ明けない夜の中を走っている。

私達がこの先どうなっていくのかは分からない。だけど、それでも進まなきゃならないように。目の前を少しでも照らして、道を踏み外さないようにしながら…ただひたすらに、目的地まで進んでいる。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?