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俳句「冬の蠅」

逃げなむと打つ手に潰れ冬の蠅よ

 近ごろ蠅を見なくなった。私は昭和40年に和歌山県の山間の町に生まれたが、子どもの頃は蠅が多かった。道端の野糞に蠅が群がっていたり、祖父母の家に吊された蠅取り紙にも何匹も蠅がくっついていたりした。今は夏でさえほとんど蠅を見ない。エアコンを入れて窓を閉めているせいもあるだろうが。冬ともなれば、蠅を見ると厭うよりもむしろ語りかけたいような気持ちになる。
 とは言えじっと動かない冬の蠅を見ていて、ちょっと打ってみたい衝動に駆られた。本当に打つ気はなくて、逃げることを見越して手を下ろしたのだが、蠅は動かない。「おい、逃げてくれ。死んでしまうぞ」と思いつつ私は手を止められなかった。ああ、蠅よ……。


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