見出し画像

俳句「蟬に笑われる」

蜩や釣果なきまま帰る道

 子どもの頃から蜩の声は「キキキキキ」としか聞こえない。薄暗い杉林の中などでその声を聞くと、なにかいたずらな物の怪に笑われているようで、気味悪く感じたものだ。

 山間の町で育った私は、夏の夕方、よく川に釣りに出かけた。毛針でオイカワを釣るのだ。その毛針を使った釣りを故郷では「かがしら」、オイカワのことを「じゃこ」と呼んだ。かがしらでのじゃこ釣りは、日が落ちて辺りが暗くなり始めたころが一番よく釣れる。釣りを終え、家に戻る途中にも蜩の鳴いている場所があって、例のごとく「キキキキキ」の声が響いている。

 あまり釣れなかったときには、それこそ笑われているようで、気味悪いその声が憎らしくもあった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?