築地の記憶、マグロと親父
10月6日に築地市場が83年の幕を閉じた。父、和夫は高校卒業後の18歳から築地に勤め、いま71歳になる。実に53年ものあいだ、大物業界(マグロ・カジキ等)一筋だ。
移転が目前に迫る9月下旬から数回にわたり、父の仕事を目に焼き付けようと早朝に自転車を走らせた。紆余曲折のある豊洲市場に移ってからも仕事は続けていくので、今後も見られないわけではない。
築地市場の建物は老朽化し、いつ崩れてもおかしくない。積み上げられた発砲スチロールはあちこちに散見され、防火上もよくない。排水設備は古く、全体的にみて衛生的に決してよいとは言い難い。また、マグロは資源枯渇のため、漁獲規制の流れがさらに強まり、現在のような流通は遅かれ早かれなくなっていく。だからこそ、最後の築地を記憶したかった。
かつて、父は毎日セリに立っていた。年金をもらいながら働くいまでは、若手へセリは継承され、生マグロの解体と出荷作業が主だ。マグロは、長短さまざまな包丁やノコギリを使い分けて捌く。左利きの父だが、専用の包丁はなくみなと同じものを器用に扱う。
動きに無駄がなく、刃に迷いはない。
「1本100万以上もするもの、大間の5000円/kgやその日の1番のマグロを捌くときは心躍るね。いまでも新しい経験をさせてもらっているよ」と父。
腰は少し曲がってきているが、1時30分から9時までほぼ休みなしで動き続けている。座っているところを一度も目にしなかった。また、かつてほど重いものは持てなくなったようだが、それでも60kgくらいのまぐろは、いまでもひとりで持ち上げる。