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【八〇〇字物語】あとでやる子ちゃん
あとでやる子ちゃんがまた来た。本当の名前は知らない。
彼女が来ると、何もかもがあと回しになってしまうので、そう呼んでいる。
今のところ、彼女からのクレームはない。
合鍵を渡した覚えもないのに、彼女は勝手気ままにわたしの部屋に上がりこんでくる。
今朝もまた、消えかけた星色のパジャマに全身を包み、両腕に大きな三日月の枕を抱いて、にこにこと枕元に立っている。
時計に目を向けると、まだ午前四時にもなっていない。
たしかに、今日こそは早起きをして一日を有意義に過ごそうと思っていたけれど、さすがに来るのが早すぎる。
もう少し寝たい旨を伝えて帰ってもらおう。そう思って彼女を見ると、ナイトキャップについた星形のボンボンを揺らしながら、裸足の足をこすりあわせていた。えへへと吐く息が白い。
はぁ、とため息をついて羽毛布団を持ち上げると、あとでやる子ちゃんが、その小さい体をさらに小さくして、遠慮がちに布団にもぐってきた。あいも変わらず体温が高い。あっという間に布団のなかで空気がぼくんとふくらんだ。
雪の中で露天風呂に浸かっているかのような心地よさに、一瞬気を失いそうになる。
ずりずりと布団にもぐる彼女の頭からナイトキャップが外れて、墨色に輝く豊かな黒髪が現れた。艶やかな闇は海藻のようにゆらゆらと床一面に広がり、蔦のようにさわさわと壁をつたって伸びていく。
あっという間に部屋は闇夜に包まれた。
そうして、その闇の中に、瞬きをするたび、ひおとつ、ふたあつと星が増えていく。
布団の下にはたしかに床があるはず。なのに、背中がぞわぞわと波を打つ。
となりを見れば、布団の端をつまんで、あとでやる子ちゃんがんふふと笑っている。今日もまた、まんまと彼女の策略にはまってしまった。
猫たちはそれぞれ布団にもぐったまま顔も出さない。ご飯の時間は、もう少しあとでもよさそうだ。
天井の遠く向こうで瞬く星を見ながら、彼女にならって布団の中にもぐりこんだ。