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【八〇〇字物語】第五富士
あまり知られてはいないけれど、日本には富士山が五つある。
普段、富士山と呼ばれ、よく目にするあの山が第一富士で、第二、第三と続くらしい。
いずれも同じ標高、同じ形状をしていて、北海道(たしか釧路)にひとつ、石川県の近くにある無人島にひとつ、四国の真ん中にひとつ、残るひとつは九州のどこかにあるという。
幼い頃に聞いたはずなのに、すっかり忘れてしまった。
いずれの山も、第一富士ですら、わたしは実物を見たことがない。
飛行機でも新幹線でも、いつも方向の違う側の席になってしまうからだ。新幹線のときは通り過ぎるその瞬間だけ席を立って見に行こうかとも思うのだけれど、いざ乗り込んでしまうとわざわざ席を立つのが億劫になってしまって、結局見ることのないままに目的地に到着してしまう。
何番富士でもよいから、いつか本物が見てみたいと思いながら、生きているうちには見ることができないような気もしていた。
ところがどっこい。本日未明、九州にある第五富士が噴火した。
自宅で惰眠を貪っていると、突然スマートフォンが緊急避難速報を鳴らし、びりびりと足の裏を振動が走った。窓に寄り、カーテンを開けて外を見る。濃紺色の天空を紫雲が厚く覆っているのが見えた。
ぶうんと響く気味の悪い低周波音の合間を縫うように、砂と水でできた灰色のかたまりが、窓ガラスを削りながら流れていく。目を凝らすと、煙った空気の向こうに巨大な山影が浮かびあがった。
あれが第五富士なのだろうか。
そうとしか思えない。あんなに巨大な山がそうそうあってたまるか。
こんなに近くにあったのに、なぜ今まで気づかなかったのだろう。目を凝らさずとも山頂がちろちろと黄色く燃えているのが見えた。次第に暴風が止み、はらはらと落ち出した灰が新雪のように積もりはじめた。
足元でスマートフォンが第二、第四富士の噴火を知らせている。黄色く燃える第五富士を見ながら、この光景を空から見たかったなと思った。