見出し画像

【八〇〇字物語】人道的かき氷

突然、かき氷屋を一緒にやらないかとインド人の友人から誘われた。
私は屋台に座っていて、今まさにラーメンの最初の一口目をかっ食らおうというところだった。
今朝、初めて食べたかき氷にいたく感動したらしい。身振り手振りで、その素晴らしさを伝えようとしてくれているが、私だってかき氷くらい食べたことはある。たしかに猛暑日のかき氷は筆舌に尽くしがたいが、いささか早計過ぎると思った。

夏しか売れないだろうし、氷室の維持管理費用とかで結構お金がかかると思うよと伝えるけれど、猛暑にかき氷を売ることは人道的行いであって、儲かるか儲からないかは問題ではない、と強めの口調で言い返された。

きくらげを食べながら、彼の人道的かき氷論を話半分で聞いていると、突然、爆発音が鳴り、道路の看板を突き破って錆びだらけのミニバンが飛び出してきた。
あっけにとられる私をわき目に友人がミニバンに飛びつく。何事かをつぶやきながら後部座席のドアを開ける。と、帯のように白い冷気が溢れだしてきた。
友人が、やは! 南極だ南極だ、と踊っている。

どうも後部座席の中が南極とつながっているらしかった。
なるほど、この方法なら氷の維持費用はかからない。私の顔を見た友人が満足そうに微笑みながら、車の中に積まれた氷を掴んで握りつぶしていく。はらはらと舞う氷を、慌てて持っていたレンゲで集めた。かき氷機も不要とは恐れいった。彼はかき氷屋になるために生まれてきたのかもしれない、とさえ思った。
レンゲの中で完成された、ふわふわの人道的かき氷を食べる。

これはびっくり! スパイシーな後口が食欲をそそる。

この路線なら売れるかもと思ったが、次の瞬間、レンゲの中に残っていたラーメンのスープだったかもしれないと不安になった。
友人がつたない日本語でミニバンの側面に【人どう的かき氷 移どう販売中】と書きこんでいる。
満面の笑みでこちらを見る彼に、苦笑いを返すことしかできなかった。

いいなと思ったら応援しよう!