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mixiの廃墟コミュニティに関する奇妙な思い出

数年ぶり……下手すると10年ぶりくらいにmixiにログインして、昔の日記などを見ていて思い出したことがあるので書き残しておく。


2005, 6年くらいのことだ。その頃俺はある廃墟探索趣味系のコミュニティに入っていた。
廃墟好きのコミュニティは当時のmixiにいくつかあったと思うが、俺が入ったコミュニティはけっこう活発に投稿があって、ときどきオフ会もあった。大人数で集まって飲んだり、有名な廃墟のちょっとしたツアーに行ったり、などなど。

そういったオフ会で知り合って仲良くなった人の一人に、アマチュア写真家の女性がいた。以下A子さんとする。
A子さんは仕事をしつつ独学で写真を学び、写真仲間とのグループ展などの活動に精力的に取り組んでいた。
たしか当時の俺より10歳ほど年上、40歳前後の人だったと思う。
来年、ギャラリーを借りて念願の個展を開催する目処がついたとのことで、休日は各地への撮影旅行に飛び回っていた。
A子さんがこの数年、自分の写真のモチーフにしているのが「廃墟」で、その関係もあってこのmixiコミュニティに参加したという話だった。

A子さんが撮るのは、昼間の廃墟だ。
荒廃した家屋や廃病院、閉店したまま野ざらしの大型商業施設……そのボロボロの天井の隙間から差す太陽光が印象的な風景写真だった。


個展を控えていたA子さんは、この廃墟をモチーフにした写真のシリーズに新たな趣向を加えたいと考えていた。
女性のヌードだ。
肉感的な、生命力に溢れた女性の裸体を風景の一部として配置し、廃墟との対比として見せたい……というような目論見を聞いた。

しかしA子さんはあくまでアマチュア、かつほとんどずっと風景ばかり撮ってきた人なので、友人知人に廃墟でヌードになってくれるという女性はおらず、モデル事務所とのツテもない。

そこで俺に相談が回ってきた。以前、飲み会のときに何かの話の流れで「友人にヌードモデルをやっている子がいる」という話を俺がしたのをA子さんは覚えていたのだ。もしよければ、その子を紹介してもらえないだろうか……というわけだ。

ヌードモデルの友人(以下、B美とする)にその話を伝えると、面白そうだからぜひやりたいとの即答だった。
俺はA子さんとB美の顔合わせ兼打ち合わせの飲み会をセッティングし、二人が意気投合してギャラの話もすんなりまとまったところまでを見届けてこの件は後は当人同士に任せた。

実際の撮影はそれから1ヶ月後くらいに、とある山中にあるリゾートホテルの廃墟で行われたそうだ。
もちろん昼間の撮影だが、さすがに女性二人では何かあったときに心細いということで、A子さんの夫とB美の彼氏が同行したと聞いた。
撮影はうまくいった、仕上がりが楽しみだとB美は言っていた。


それから少し経って、A子さんから俺にだけ「折り入って相談があるので会いたい」という連絡が来た。
こないだの撮影のことだというのはなんとなく分かったので、B美は同席しなくていいんですかと訊くと、B美にはまだ絶対に伝えないでほしい、何も話さないで、とのこと。
……B美からの撮影時の話で、トラブルの種になりそうなことは特に聞いていなかった。俺は狐につままれた思いでA子さんと喫茶店で会った。新宿の珈琲西武だったと思う。隣にうるさいグループがいるボックス席をA子さんがわざわざ選んで座ったというのが印象に残っている。

とりあえず現像した写真を見てくれということで(この時代はまだ、「作品」を撮るならデジカメではなくフィルムが当たり前だった。殊にアマチュアなら)、A4サイズに引き伸ばした白黒のプリントを数枚渡された。
廃墟の陰影と差し込む陽光のコントラストが美しい写真だった。
「女性の裸体を風景の一部として配置する」という趣向だったのでB美の姿は敢えてメインで捉えず、後景に佇んでいる……という構図だ。
B美は逆光で全身が影となっていて、それが逆に身体のラインを際立たせてエロティックだな、と最初は思った。

が、何か違和感がある。

その違和感を引きずりつつ、次の写真を見る。
別の風景、屋内プールの跡地だろうか。吹き込んだ枯れ葉や枝が積もったプールの端、飛び込み台にB美が座っているところをロングショットで捉えた構図だ。

ここでもB美の全身は影となっている。
さすがに奇妙な点に気づいた。

屋内プールは透明のドームで覆われていたらしく、今はそれが所々割れているが、とにかく陽の光は乾いたプール跡地全体を照らしている。
B美の座っている場所は逆光になどならない位置だ。
現に飛び込み台は影にならず明確に像を結んでいる。
その中でB美だけが全身影だ。
塗りつぶしたように、黒い。

いや、これは実際、現像段階の処理で塗りつぶしているのか?
それともB美は全身に黒いボディペインティングでもしているのか?

そう訝しみつつ3枚目の写真に移る。
ショーウィンドウだったであろう場所に並ぶ朽ちたマネキンと、そのポーズの真似をして立つB美がミディアムショットの構図で捉えられている。
今までの写真に比べ大きく写っているB美だが、やはりその全身は黒い。

この写真でB美が黒いのは、影のせいなどではないのは明白だ。
すぐ横に並んでいるマネキンには目立った影が落ちていないのに、B美だけが黒いのだ。

ではこれは何なのだ? なぜB美だけ黒くなる?

よく見ると、肌や顔の造作などのディテールは分かる。
だが黒いボディペインティングではありえない。
B美は眼球まで真っ黒なのだ。


他にも数枚、わりとカメラに近い距離にB美が立っている写真があったが、どれも全身真っ黒だった。B美だけ、白黒写真の中で一際コントラストが強く、ベタっとした黒の立像になっていた。

「かなりの枚数撮ったんだけど、B美ちゃんが写ってるのは全部こうなっちゃうのよ。現像で見えるように調整できないかやってみたけど、どうやっても真っ黒で……」

俺が写真を見終わるとA子さんはそれを奪うように取り戻し、隣のボックスの客に見られるのを恐れているのかすぐにマニラ封筒へしまい込んだ。

「B美ちゃん、最近なんかその……体調とか、事故とか……そういう感じの良くないことってない? 撮影の後、変な感じになったようなことって聞いてない?」

A子さんは声を潜めて心配そうに訊くが、今のところそんな話は聞いていなかった。

「ならいいんだけど……これ、どうすればいいかな……」
「うーん、とりあえずB美に見せてみるのは?」
「いやあ、なんていうか……これ本人には見せないほうがいい気がするんだよね……今日持ってきたのの他にも、ちょっとすごいのがあって……」

どう「すごい」のかと訊こうと思って、すぐにそれはやめておこうと思い直したのを覚えている。A子さんがそれ●●を口に出し、俺がそれ●●を聞くことで、なにか本当に良くないこと●●●●●●●●●が起こるのではないか、という不安が唐突に襲ってきたのだ。

しばらく無言でコーヒーを啜っていた俺とA子さんは、とりあえずB美には適当にごまかす方向で……という結論になり、予定していたギャラの倍額を迷惑料として渡して、この話はなかったことにすることでまとまった。
どういうふうに誤魔化して伝えたかは記憶が曖昧だが、B美は絶対いい作品になると思ったのにとしきりに残念がっていた。


B美とはその数年後くらいから没交渉となってしまい、今は何をしているかわからない。
だが少なくとも、俺との付き合いがあった頃までは大病も事故も経験していないはずだし、精神的に何かおかしくなったとか、そういうこともない。撮影に同行した彼氏とはあれからすぐに結婚して仲睦まじくしていた。

A子さんとはあの喫茶店での会合以降、お互いになんとなく気まずくなり直接の連絡を取らなくなった。個展は無事開催されたということはmixi日記で知っている。廃墟の写真はやめにしたようだった。
その後はコミュニティでも発言がなく、いつしか俺がほとんどmixiを見なくなって、それっきりだ。
先ほど10年ぶりくらいでmixiにログインしたと冒頭で書いた。そのときにフレンド欄を見てみたが、A子さんのアカウントは見当たらなかった。退会したのだろう。


あのあと一度だけ、A子さんからmixiのメッセージが来たことがある、という記憶が、おぼろげながら俺の中にある。
たしか「サンシャイン牧場」が大流行していたときで、分刻みで牧場の世話をするのにログインを繰り返していたタイミングだったと思う。
そんな状況で、メッセージをちゃんと読んだのか、返信したのか、捨てたのか、そういった細かい記憶が曖昧なのだ。たぶん……だが、Flickrか何かフォトコミュニティサイトのURLが書かれていた気がする。
だがそのサイトを見たのか、見なかったのか、それは思い出せない。
思い出すのはサンシャイン牧場の毛虫のことばかりだ。

メッセージのログを確認してみたが、A子さんからのものは見つからなかった。なので、俺の記憶がまだ残っているうちにこれを書き留めておこうと思った次第である。


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