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あるギャルゲーと9.11の思い出

2001年9月11日・アメリカ同時多発テロからもう20年も経つのか。俺はリアルタイムでニュースを見ていて本当に衝撃を受け、混乱する情報の奔流の中で、これから世界はどうなってしまうんだと重苦しい気分のまま結局眠れずに朝を迎えてそのまま出社したのを覚えている。

当時、俺はとあるゲームメーカーに勤めていた。世界のエンターテインメント業界は9.11の後数年は自粛や作品内容の修正、企画の中止などが続いたものだが、ゲーム業界もご多分に漏れず大なり小なり影響を被った。
比較的有名なところではセガがドリームキャストでリリース予定だった『プロペラアリーナ』という空戦シューティングゲームがある。なんでもゲーム中にニューヨークを模したステージがあり、プレイヤーの操る戦闘機がビルに突っ込むと爆発するんだそうだ。まあ空戦シューティングなんだからビル(障害物)にぶつかったら自機が爆発するのはゲームであればごく普通のことに今なら思えるだろうが、当時はそういうことであっても「今これを出すのはヤバすぎる」という空気があった。確か『プロペラアリーナ』はもう発売直前というようなタイミングだったはずだが、急転直下で発売中止の決定が下された。当時の同僚がセガマニアで、発売中止のニュースに悔しがりつつも「いやあ、確かにこの時期にはなあ」とあきらめ混じりに呟いていたのが印象に残っている。

そういう表に出ている話以外にも、たぶんいろいろなあれこれがあった。俺がいたメーカーでも意表を突くような形で影響を受けたゲームがあった。前置きが長くなったが、9.11から20年の節目にその話をしたいと思う。これは当時の社内でも一部の人間にしか知られていないインシデントで、今まで表に出てきたことはなかったはずなので、特定を避ける為に核心部分以外はかなりフェイクを交えていることを予め断っておく。


俺が務めていたゲームメーカーは手広くいろいろなジャンルに手を出していて(まあアクション以外のジャンルは売上も評判もあまり芳しくなかったが)、2001年夏目標で『生焼け!パティシエ~ル』(仮名)という恋愛アドベンチャーゲームの発売を予定していた。
フランスでの菓子職人修行から帰国した主人公がひょんなことから親戚の経営するパティシエ専門学校の講師として働くことになり、菓子職人を目指す個性的な女生徒たちや同僚の女性講師と甘酸っぱい恋愛模様を繰り広げる……というような内容だ。同ジャンルでビジュアルノベル形式が流行っていたあの頃としては些か古くさく見える『同級生』シリーズのようなシステムの、いわゆる「ギャルゲー」だった。社内で初めてROMを見たとき、システムもキャラクターデザインもパッと見なんだかエロゲーみたいだなあ、と思った。

俺の印象は正しかった。実はこの『生焼け!パティシエ~ル』(仮名)はとあるエロゲーブランドからの持ち込み案件だったのだ。
その会社(以下A社)がPC向けエロゲーブランドとは別に家庭用ゲーム機向けの一般ブランド立ち上げを計画し、その第一弾として企画したのがこのゲームだった。が、初の家庭用ゲーム機向け開発は難航し、PC用18禁ソフトとは違ってハードメーカーとのさまざまな折衝にも時間を取られる。そこで(どういう繋がりがあったのかは知らないが)うちの会社に話が持ち込まれた。開発協力+パブリッシャーになってくれないかという案件だ。
あの時期のうちの会社は下手な鉄砲もなんとやらでとにかくリリースタイトルの弾数の多さを追い求めていたので二つ返事で引き受けたのだろう(たぶん)。最終的に、もろもろの開発協力(人員と金)&パブリッシャー業務をうちの会社が引き受け、開発元であるA社の名前は表に出さないことになった。パブリシティでインタビューに答えるのも弊社側のプロデューサーだ。当時、取引先の人に「今までの御社のカラーからするとちょっと異色のゲームですね」と言われたことがあるが、企画スタート時には関わっていない持ち込み案件なのだからむべなるかな。

が、このゲームの企画にはもう一段の仕掛けがあった。
A社は家庭用向け一般ブランドの立ち上げを計画していたわけだが、それはそもそもは既存のエロゲーブランドとのシナジーを狙ったものだった。エロゲーブランドでPC向け18禁ソフトとしてリリースしたゲームの家庭用ゲーム機版を一般向けブランドで出す、というワンソース・マルチユース戦略だ(もちろん家庭用ゲーム機版はエロシーン周りは削除する)。
この戦略は90年代末~00年代前半にかけていろいろな会社が行っていたが、たいていの場合家庭用ゲーム機版は別の会社(家庭用ゲーム機向け開発に慣れた会社)にライセンスアウトしたり下請けに出して作ってもらったりだったので、自社内で家庭用ゲーム機向け開発ラインを構築して一般ブランドを立ち上げるというのはA社にとってなかなか思い切ったチャレンジだった。だからこのチャレンジは最後までやり遂げるというのがA社の固い意志だった。
つまり、家庭用ゲーム機向け『生焼け!パティシエ~ル』(仮名)は、同時並行でPC18禁版も開発されていて、家庭用ゲーム機版の開発難航を尻目にほぼ完成した状態だったのだ。
A社の当初の目論みはPC18禁版を先にリリースして、半年後くらいに家庭用ゲーム機版を出す、というものだった。しかし開発難航の末に案件を持ち込まれてケツを持つ形となったうちの会社的にはこれはあまり面白くない。とは言えPC18禁版の発売計画を中止しろとまでは求められないし、A社的にもワンソース・マルチユースのチャレンジは完遂したい。
たぶん上のほうでいろいろな交渉があったのだろうが詳しくは知らない。結果として、家庭用ゲーム機版『生焼け!パティシエ~ル』(仮名)を先行して2001年夏にうちの会社からリリースし、半年程度の間を置いて2002年初頭にPC18禁版をA社エロゲーブランドでリリース、さらにPC18禁版は『Rareれあ♡くりーむガールズ』(仮名)にタイトルを変更して、パブリシティでは両者の関係については触れない(移植とかそういうことは一切言わない)……という、傍目にはちょっと歪なディールで決着した。

A社はともかく、うちの会社的にはこれでうま味があったのかどうかは謎だが、まあ俺は経営陣ではないのでわからない。とにかく現場レベルでは両社ともに粛々と作業が進行し……進行し……進捗は芳しくなかった。家庭用ゲーム機版『生焼け!パティシエ~ル』(仮名)は当初予定よりもさらに遅れ、夏の発売は無理だとなり、11月に発売を延期することを発表した。秋、いやすでに冬だろうこれは。
この時点ですでにマスターアップしていたPC18禁版『Rareれあ♡くりーむガールズ』(仮名)のほうは当初計画通り秋口頃からパブリシティを開始し(PC版は完全にA社マターなのでうちの会社側にはこれを止められる道理はない)、エロゲー雑誌に情報が載り始めた。目ざといマニアには「これ、●●社が出す予定の『生焼け!パティシエ~ル』のエロゲー版じゃないか?」と2ちゃんなどで局所的に話題になっていた記憶がある。発売延期の結果、全年齢版がリリースされて2ヶ月ちょっとでエロシーンありのバージョンが出る……という情報が公になっているのだ。こんなもの、オタクは家庭用ゲーム機版をキャンセルしてPC版のほうだけ買うに決まってるだろ! と営業担当者がタバコルームで吐き捨てるように言っていたのを聞いた。
が、幸か不幸か『生焼け!パティシエ~ル』(仮名)がそもそも大して注目されていたわけではないので、受注への悪影響はほとんどなかった(というか受注自体がほとんどなかった)。


まあいろいろあり、なんとか『生焼け!パティシエ~ル』(仮名)のマスターアップも目処がつき、良かったよかった、もしさらに遅れて再延期なんてしようものなら、それこそ『Rareれあ♡くりーむガールズ』(仮名)とほとんど同時発売なんてことになりかねないもんな……と弊社関係者一同が胸をなで下ろしていた頃、ツインタワーにジェット旅客機が突っ込み、真の意味での21世紀が始まった。

これは大変なことになったな、おい、今うちで開発しているあのシミュレーションRPG、帝国の圧政に抵抗するレジスタンス組織の話だけど、あれはテロ組織を美化していると言われかねないんじゃないか? いやいや中世ファンタジー世界が舞台ですから大丈夫っすよ、たぶん、うーん、私は第三勢力の敵として出てくる宗教国家の設定がちょっと問題になる気がします……などという話が社内で囁かれる横で、『生焼け!パティシエ~ル』(仮名)関係者はマスターアップと宣伝販促活動を進めていた。このゲームに9.11が影響を及ぼすだなんて誰もまったく考えもしなかった。

そんな中、緊急ミーティングが招集された。詳細は明かされず、ただ『生焼け!パティシエ~ル』(仮名)の修正必須不具合について、とだけあった。


「ゲーム内のメッセージに『タリバン』という言葉が出てきます」
そう報告があり、関係者は皆耳を疑った。
「タリバンってあの……アフガニスタンを実効支配しているイスラム主義組織の?」
「テロを実行したらしいアルカイダのオサマ・ビンラディン引き渡しを拒否してアメリカと緊張関係が高まっている……あのタリバン? なんで……『生焼け!パティシエ~ル』(仮名)にタリバンが出てくるんだ……ただのギャルゲーだぞこれ……?」
「なんか言葉の組み合わせで偶然そう読める、とかではなく? 『●●したり、バーンとやったり』みたいな感じで……」
「いえ、明確に『タリバン』と出てきます。会話中に言及されるファミレスの名前として」
「なんでファミレスにそんな名前付けるんだよ! シナリオライターは馬鹿なのか!」
「ライターにヒアリングしたところ、何か政治的な意図があるというわけではなく、シナリオ執筆中の今年初頭にニュースでタリバンの名を聞いて、深く考えずに使ってしまったそうです」
「深く、考えようよ……」
「会話で出てくるファミレスが中華料理系の……つまり『バーミヤン』をイメージしたものなので、その置き換えとしてちょっと気が利いていると思って、とのことです」
「バーミヤン……なるほど、2月にあったタリバンによるバーミヤンの石仏破壊のニュースか……」
「もちろん今回の同時多発テロを受けて書いたわけではないが、それにしたって不用意すぎる。というか、なんで今まで見逃してきたんだ?」
「一箇所しか出てこないというのと、テスタースタッフが同時多発テロが起きるまで『タリバン』という単語に注意を払っていなかった、というのが原因です。マスターROMで改めて全編通しチェックして発見した、と……」

緊急ミーティングの空気は最悪レベルで張り詰めていたそうだ。
もちろん修正するしかないが、会話ボイスの再収録→ROMへの音声データ実装とテキスト修正→デバッグ→マスターROM提出……という通常の修正ルーチンをこのタイミングで踏んでいては、発売日の再延期、そして『Rareれあ♡くりーむガールズ』(仮名)とのほとんど同時発売という結末が待っている。どうすればいいのか……。


結論から言うと、再延期することはなかった。関係各位がいろいろな手を使って対処したのだと聞いている。
そのようなことを関係者がやっている間に有志連合諸国はアフガニスタンへの空爆を開始し、『生焼け!パティシエ~ル』(仮名)が発売される頃には北部同盟が首都・カブールを制圧していた。
『Rareれあ♡くりーむガールズ』(仮名)が発売される頃にはカルザイ議長が暫定政府を敷き、海上自衛隊がテロ対策特別措置法に基づいてインド洋で海上阻止行動に参加していた。

非対称戦争による暴力の連鎖が泥沼化するまであと少しだった。
世界中の誰もこの汚泥から無縁ではいられなかった。
あの頃の、あの取るに足らない無名のギャルゲーでさえも。


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