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Her Majesty's Royal Covenー女王陛下のコヴン

著者:ジュノ・ドーソン、刊行日:2022年7月21日、ページ数:464、ジャンル:ファンタジー、オカルト/ホラーファンタジー、対象年齢:高校生以上(直接的な性的表現を含む)、キーワード:魔女、ウォーロック、コヴン、トランスジェンダー

著者について:
ジュノ・ドーソン  イギリスの作家。本作のほかにはYA小説やノンフィクション作品があり、2018年に13代目ドクターが主人公のドクターフー小説版『The Good Doctor』、2022年にBBCオーディオドラマ版ドクターフーを執筆した。2015年にトランスジェンダー女性であることを公表しており、ジェンダーを学ぶテキストブック『ジェンダーってなんのこと?』(国際化の時代に生きるためのQ&A 2)』(創元社)が翻訳されている。

あらすじ
イギリスにはアン・ブーリンの時代に創設された「女王のコヴン(Her Majesty's Royal Coven、以下HMRC)」と呼ばれる魔法省がひそかに存在しており、女王とこの国を魔力による脅威から守る任務を持っている。先の魔法戦争で婚約者を失ったニーヴは国で一、二を争う力のある魔女だが、終戦を機にコヴンの教育係の職から身を引き、北部ヨークシャーの町ヘブデンブリッジで獣医として生活していた。そこへ今やコヴンの最高長官となった友人ヘレナから招集がかかる。HMRCの預言者部門で、悪魔をふたたび蘇らせイギリス中が灰と化す惨事を引き起こす「呪いの子」の信託を受けたという。90年代、お互いをポップシンガーのSpice Girlsになぞらえていた十代に揃って魔女の誓いをたてコヴンに入った4人の親友ニーヴ、ヘレナ、エル、レオニーは、その迫り来る危機に立ち向かうことになる。4人は世界を滅ぼす悪魔の復活を阻止できるのか。それとも、大人になるにつれて4人の中に少しずつ広がった溝や降り積もった不満が惨劇へと駆り立てるのか……

感想
2022年現在で30代前半~中半の魔女4人が主人公の本作には、彼女たちが10代に体験したポップカルチャーへのリファレンスやジョークが散りばめられ、ホラーファンタジーでありながらユーモアでクスリと笑わせてもくれるので450ページの長編だがテンポよく読み進められる。
作品中にはレズビアンのレオニー、トランスジェンダーの魔女がいて、レオニーはHMRCを離れて自分の設立したコヴン「ディアスポラ」を通して白人で名門家系の出身の魔女が幅を利かせているHMRCに異議を唱えており、作者ドーソンの視点から見る現代のイギリスが反映されているところも興味深い。3部作になることが予定されており、1作目はいわゆるクリフハンガーエンディングなので、この先を知りたくて待ち遠しいかぎりだ。

主要登場人物
*ニーヴ……アイルランド出身の魔女でHMRCで最も強力な魔女の一人。大戦中に婚約者を失った。人や動物の考えを読むことができる。
*ヘレナ……HMRCの現・長官。何代も続く名門の魔女家系に生まれ、祖母もHMRCの最高長官だった。生まれながらに人の上に立つことを期待され、支配欲の強い女性。
*レオニー……レズビアンの魔女。戦争の後、マイノリティに閉鎖的なHMRCに見切りをつけてほかの魔女と共にロンドンで新しいコヴンを作ったため、ヘレナに疎まれている。
*エル……4人の中で最も穏やかな性格で治癒の魔法に長じた魔女。大魔女アニー・デバイスの孫だが魔女と関わらずに普通に暮らしたいと願っている。
*キアラ……ニーヴの双子の姉妹で他の4人と共にHMRCに入ったが、戦争でコヴンを裏切って敵となった。ニーヴに反撃を受け重体となり、現在まで隔離施設で昏睡状態。
*テオ……HMRCの預言者集団が信託を受けた「呪いの子」ではないかと考えられている少年。コントロールの仕方を知らないため強い魔力で学校を破壊してしまうが、非常におとなしい性格。
*ホリー……今時の10代らしいミーハーなエルの娘。母親のエルは痩せて見える魔法を使って生活しているのにホリーには母の実際の体のサイズが見えていたため、魔女の血が遺伝していたと分かる。
*ルーク……有機野菜の配達ビジネスを営む男性。ニーヴに思いを寄せている。
*ラドリー……レオニーの弟(兄?)でウォーロックの長官。歴史と権威あるHMRCを離れたレオニーが独自に立ち上げたコヴンを軽く見ている。
*ヘイル……悪魔ベリオルを召喚して体に取り込み、魔女に匹敵する力を手に入れて戦争を起こしたウォーロック。今も特殊な監獄に囚われている。

ストーリー(*注:結末まで含みます)
悪魔に力を与えられたウォーロックのヘイルと魔女の大戦で婚約者を失ったニーヴはHMRCを離れ、イングランド北部ヨークシャーの町ヘブデンブリッジで獣医として暮らしていた。戦争中にHMRCを裏切った双子の姉妹のキアラに婚約者を殺され、30代になった今も心に傷を負っているニーヴだったが、オーガニック野菜を配達にやってくる業者のルークから思いを告げられる。次に進む決心はもてないけれど、ともかく友達として二人で出かける約束を交わす。そこへHMRC長官の魔女ヘレナが訪れ、預言者たちが見た信託の「呪いの子」本人と目される12,3才の少年が学校を吹き飛ばしてHMRCの監獄に収監されているという。名前も言わない少年の思考を読むため、テレパスとして力のあるニーヴを呼びにきたのだった。
 とんでもない魔力を持ちながらコントロールする方法を知らない少年テオに教育を施す決意をしたニーヴは、ヘレナたちの反対を押し切ってヘブデンの自宅にテオを住まわせることにした。昔から魔女たちが何代にも渡って暮らしてきたこの土地には老齢だが今も優れた預言者のアニー・デバイスや、その孫でニーヴと同じく戦後コヴンを離れたエルが住んでいた。エルのティーネイジャーの娘ホリーが魔女の力を受け継いでいると分かり、テオとホリーの教育をニーヴが一手に引き受けることになった。ニーヴはテオの教育で多少問題が起こってもヘレナには報告しなかったため、滅びの預言を実現させないためならテオを殺すことも厭わないヘレナはもうすぐ魔女の誓いを立てる予定の娘スノウを送り込んで監視させる。
 ヘブデン周辺に暮らすエルの祖母アニー・デバイスやニーヴ同様に強い力を持つレオニーの力を借り、ニーヴは少しずつテオとホリーに力のコントロール方法、そして魔女とコヴンの歴史を教える。レズビアンのレオニーはロンドンでマイノリティを受け入れる新しいコヴンを設立し、賛同した有能な魔女たちが女王のコヴン(以下HMRC)から離脱したため、ヘレナはレオニーが関わることを苦々しく思い、レオニーの方でも性的マイノリティや有色人種が上の立場に立つことのないHMRCの白人至上主義でマイノリティ排除の傾向に不満を抱いていた。そんな時、ホリーとテオの親密さに親として危機感を感じたエルがホリーを問いただすと、ホリーはテオがトランスジェンダーだと告げる。ミーハーな十代のホリーにとっては美しいトランスのテオは憧れの存在で喜んで友情を育んでいたが、亡き夫にひそかに精神的DVを受けていたヘレナはトランスジェンダーをコヴンに迎えるという考えを受け入れられず、テオをウォーロックの組織に渡すことを決意する。すかさずニーヴたちを女子会に誘って家を空けさせ、レオニーの弟ラドリーがトップを務めるウォーロックの集団にテオを誘拐させる。
 ウォーロックは訓練を積んでも魔女ほどレベルは上がらないため、ラドリーたちは怒りに燃えて追ってきたニーヴに全く歯が立たず、ニーヴはテオを取り戻す。レオニーのコヴン「ディアスポラ」に属するトランスジェンダーの魔女に話を聞き、テオを魔女として教育する心構えを整えたニーヴは、何があろうとテオを守る覚悟を決める。ヘレナの起こした誘拐騒ぎには4人の中で一番おだやかなエルでさえもやり過ぎだと責め、人の批判を受け入れるべきだとヘレナを諭すが、ヘレナはコヴンの最高長官としてコヴンを導いて危機を乗りこえ、歴史に名を残すことに固執しているため聞き入れない。そして預言者集団の一人の少女が「テオが呪いの子である」のが明確な夢を繰り返し見たことから、もう一刻の猶予もないと思い込んだヘレナは取り返しのつかない道を選ぶ。
 そのヘレナの選択を唯一予見していたのはコヴンの預言者集団の長を務めたこともあるアニーだった。それを感付いたヘレナがアニーの元を訪れ、アニーの家の温度を氷点下にして凍死させる。そしてヘレナは先の大戦で悪魔から力を与えられて魔女並みの力を得たウォーロックのヘイルから悪魔の召喚方法を極秘で聞き出し、儀式を行って悪魔ベリオルを体内に受け入れた。これでヘレナはニーヴなみの強力な魔女になり、ニーヴと同じくテレパス能力も手に入れた。何もしらないHMRCのメンバーを従え、ヘブデンブリッジへテオを殺しに向かう。
 ヘレナはコブンの魔女たちに指示してヘブデンの町の境界に強力な魔法のバリアを張って誰も出入りが出来ないようにし、町の中にいる一般人を全て眠らせた。異変に気が付いたニーヴはヘレナたちが来たと察知し、テオと(一般人のため)眠らされてしまったルークを連れて車で町を出ようとするが、町の境界で車ごとはね返されてしまう。ルークだけが命にかかわるほどの大けがを負い、かけつけたエルやホリーと共に教会へ運び込んでエルが治癒の魔法でルークを手当てする。その間ニーヴはアニーが亡くなる前に電話で告げた「水を味方にしろ」という助言に従い、川の中を進んで追手を交わそうとしていた。またロンドンからレオニーとディアスポラのメンバー2人が駆けつけて教会でHMRCの魔女たちと応戦する。
 強力なテレパス能力を得たヘレナはニーヴとテオが川沿いを移動していることを知り、二人に追いつく。悪魔によってニーヴも歯が立たないほど強力になったヘレナは、赤子の手をひねるようにテオを殺そうとする。ニーヴはパニックになるが、アニーの「水を味方に」という言葉の本当の意味にはっとして足元の川に飛び込む。邪魔な音が全て消え去った中で考えに集中したニーヴは、子供の頃双子のキアラが重度の蜂アレルギーのヘレナに蜂をけしかけたことを思い出す。ニーヴは近くにあったハチの巣を蹴り上げ、ヘレナの方へ蜂を向かわせる。テオにとどめをさそうと夢中だったヘレナが蜂の存在に気が付いた時には、数匹以上の蜂がヘレナの顔にとまっていた。あっと言う間に顔がはれ上がり、ヘレナは意識不明に陥る。エルが治癒の魔法である程度は回復させるが、意識不明のまま犯罪者用の病院に収容される。
 町に戻ると結界と睡眠の魔法は解け、救急隊がけが人の搬送に追われていた。ニーヴは人混みの中にルークの姿を見つけ、無事を喜びあう。そしてルークに自分が魔女であることを話すのだった。
 ヘレナはエルの助けもあって意識を取り戻すが、悪魔を召喚しコヴンを裏切った罪で魔女裁判にかけられる。弁護士でもあるレオニーの恋人が弁護人となり、ニーヴたちも懸命に弁護するが火あぶりの刑が言い渡される。ヘレナの娘スノウはその後まもなく行われた夏至の儀式でテオやホリーと一緒に魔女の誓いをたて、儀式が終わったあとのパーティーでニーヴに復讐を宣言する。ニーヴはいつかくるその日のために自分も準備をすると心に誓うのだった。
 その頃、マンチェスターにあるコヴン本部の内奥に位置する監獄からヘイルが脱走に成功していた。ヘレナの体を離れた悪魔ベリオルがヘイルの体に入って脱獄させたものと思われた。
 ニーヴは戦争の終わりにヘレナやレオニーと共にコヴンを裏切ってヘイルの側についた魔女たちの討伐に従事し、キアラを追い詰めて意識不明の重体に追いやった。キアラはそのまま昏睡状態で牢獄の病院施設に眠っていたが、ニーヴの家に暮らし始めたテオがキアラがテレパスでニーヴを呼ぶ声を聞き、キアラに会いに行く決意をする。ニーヴが病院のベッドサイドでキアラに謝罪の言葉をかけていると、キアラの手がわずかに動いた。ニーヴはキアラの手を取り、看護師を呼ぼうとした瞬間に手にチクリと痛みが走る。キアラはヘイルに入った悪魔から強力な魔法がかけられたルビーを渡されたため、その魔法を使って自分の体とニーヴの体を交換させた。ニーヴの体を使って自分の顔を枕に押し付け、昏睡状態のキアラの体内に入れられたニーヴは為すすべもなく意識が遠のいていく……。
 (2023年6月発売予定の第二巻The Shadow Cabinetに続く)
 

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