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キング牧師 (6)

キング 牧師 (6)

「1954年の5月の日曜日、初めてデクスターバプティスト教会の説教壇に立った。」 

「偶然にせよ、偶々、僕が説教をした時期は、世界の歴史の大変革期でもあった。」

「戦争が今にも起こりそうなきな臭い時期でもあった。人類全体が崩壊するかも知れない瀬戸際に立っていたのだ。」

「生活の全てにおいて、争いと破壊が起きていた。自己破壊、意味の無い破滅が人々の間で多発していたのだ。」

「今まで教会に対して懐疑的であった人々が、平和を希求して教会に救いを求めはじめていた。」

「我々は何とかして、今の世代に応えて、希望を提供しなければならなかった。」

「デクスターバプティスト教会を含め、多くの教会は、退廃的になっている人々をなんとか、平和と救済への道に教化し導かねばならない責務を持っていた。」

「絶望の淵にたたずむ人々を何とか救済、新たな人生の目的意識を持たせる工夫も必要であった。」

「この緊急事態を乗り越えて、教会員を救いの道に導く事が出来るよう、僕は神に心底祈った。」

「僕は、特別の神秘的な力を備えて、皆様の前に立っている訳では無い。  僕は決して偉大な説教師や学者であるふりをするつもりも無い。」  

「僕は、自分の至らなさ、能力の限界を常に意識している。  間違っても、自分が全知全能などと考えた事等は一度もない。」

「今日こうして皆様の前に立っているのは、キリストのしもべとしてに過ぎない。 僕が指導者として存在できるのは、あくまでも神の恩恵がある場合のみである。」

「説教壇で話をするようにと神から声がかかったので、こうして僕は皆様の前に立たせていただいている。」

「神様の言葉が僕の心を熱くして、自然に口から説教がほとばしりでるのだ。 神の声は大切な預言なのだ。 神の聖霊が我に宿り、人間の声で表現しているのだ。」

「神が、貧しい人々に教義や福音を知らせるために僕を使した。」

「絶望的になっている人々を救うために僕を使したのだ。」

「傷ついた者達に、再度自由を与える為に使わされたのだ。」

「この教会での仕事は、初めから刺激的であった。1954年秋の数週間は、教会員のために有意義なプログラム作成にすべての時間を割いた。」

「僕はその教会が世間で受ける第一印象を変えたいと考えた。  デクスター教会は、いわゆる、絹製ストッキング的な集まりであった。 すなわち、ある種の階級だけを集める教会であった。」

「これに抵抗するため、僕は日曜日の礼拝の時間には、本来、ありとあらゆる階級の人々が一堂に介して、神に祈りを一緒に捧げる事こそ本来あるべき姿であると強調した。」

「教会内にすべての人々が集まり、神様に祈りを捧げる事で、みんなが一致団結した気持ちになる事が重要だ。」

「教会が、無意識にせよ意識的にせよ、ある種の階級の人々のみを受け入れるような傾向は良くないと考えたのだ。 それは、誰でも神の御許にと言う、本当の神の意志に反する事になる。」

「ある階級だけに限定する事で、教会活動が薄っぺらな宗教性だけしかない、ただの社交の場に転じてしまう恐れがある。」

「それから数ヶ月間、僕は博士論文作成の為の努力と、教会の仕事と両方に力を注いだ。 いつものように、勉学にも仕事にも全力を尽くしたのだ。」

「朝は5時半に起床、3時間はみっちり論文作成の時間に当てた。  また、仕事が終わって夜遅く帰宅後、再度、3時間を論文作成にそそいだ。」

「論文作成以外の時間は、全て教会の仕事に当てた。毎週の説教の準備、教会員の結婚式に関わり、御葬式や個人的相談にも対処した。」

「一週間に一度は、病弱な人、高齢者など、教会員の自宅を訪問し慰めた。」

「1954年9月1日、教会の牧師館に引っ越し、正式の牧師としての活動を始めた。」

「一ヶ月目は、目の回るような忙しさであった。新しい住まいに慣れ、新しく住み始めた地域や新しい仕事の手順にもなれなければならなかった。」

「しかも、昔から知っていた知人とも連絡を取り合い、新しい知人達とも知り合いになる努力をした。」

「しばらくは、僕個人の事、家族のこと、仕事の事などに気を取られ、その地域の問題を考慮する余裕はまだなかった。」 

「10月1日に僕はデクスター教会の主任牧師の任務に着いたのだ。  その日、100人ほどの聴衆を引き連れて、父親がその教会で説教をした。  それは大成功であった。」

「教会は満員御礼になるほど、人々で溢れていた。教会員達の心の深さ、寛大な心を感謝を込めて心に刻んだ。」

「僕は当時の社会問題に積極的に関わった。  教会員一人一人が、全員選挙で投票する権利を獲得するため、登録手続きをするよう強く勧めた。」

「それと同時に、教会員達全員が、NAACP(全米有色人種地位向上協議会)の会員になるよう推奨した。」

本来なら、私も白人から見れば、有色人種の一人だから、NAACP(National Association of Advancement of Colored People) の会員になるべきなのかも知れない。

けれど長年米国に住んでいるが、自分は日本生まれの人間である事は常に意識しているが、 ぼんやりそうだと思いながらも、自分が有色人種の一人として、他の有色人種の地位向上に一役を担いたいと考えた事はほとんどなかった。

愚かにも、世界ならびに米国で歴史的に人種差別が顕著な黒人の問題とたかを括っていたようだ。

今回のコビッド19が、現に中国の武漢で始まったと言う噂のために、中国系アメリカ人が社会的いじめにあったり暴力に遭遇してしまっている。  

白人の多くは、中国系、韓国系、日系、台湾系、ベトナム系などの違いは分からず、十把一絡げ(じっぱひとからげ)にアジア人憎しの態度に出る人もいる。

アメリカ社会で、アジア人の多くは、どちらかと言うと目立たない状態でしっかりと勉学に励み、仕事に全力を注ぐ傾向が強かったが、 アジア人としての団結はまだほとんど見受けられない。

今後経済第二の大国中国が、ますますあらゆる面で力をつけて、米国を追い越す勢いが顕著になれば、 経済的に逼迫してきている低所得層のアメリカ人白人達が、アジア人憎しの心を丸出しにしないとは誰も保証できない。

日本の両親から生まれた人々は当然、日本人であるが、 日本国がアジアにある関係上、白人からはアジア人とみなされるのであるから、 世界で今アジア人がどんな目で見られているかについても、注意を払う必要がありそうだ。

 


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