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バルティモア

バルティモア

メリーランド州にあるバルティモアは、歴史的港町だ。  

米国の首都ワシントンD.C. から、車で約1時間程で行ける距離にある。

蒸気船が開発される前、帆船が幅を利かせていた時代があった。 

マサチューセッツ州ボストンの港と同様、16世紀半ばから19世紀の中頃まで、多数の帆船が出入りして、賑わっていた。

技術進化の結果、 蒸気船が登場すると、バルティモアの港は、大きな蒸気船を停泊させるほど、海底が深く無かったので、商業取引量が大々的に削減、バルティモアは廃れていった。

約300年に及ぶ栄華も、技術の変化にはついて行けなかったのだ。 

海岸近くに軒を並べていた倉庫街も、見る影もなく、荒廃してしまい、麻薬の取引、ギャング達の争いの場所になってしまった。 

1990年代に、バルティモア市は意を決して、水際再開発プロジェクトを推進した。 

その結果、2009年には、世界的に成功した,
水際再開発のモデルとして脚光を浴び、観光地としても栄えた。

日本からも大勢の視察団が、何度も訪れた。 バルティモアの港の中心部に、貿易センタービルがあった。

その屋上階は、バルティモアの水際再開発の模型が展示されている。 

バルティモア市の職員が、その模型の前で、 バルティモアの歴史的進展の説明をした。 

通訳として、何度も日本人視察団に説明するのを聞いている内に、内容の大半は覚えてしまうほど、 訪れる人々が多かったのだ。  

港の中心地に、大きな新築建物が二つ並び、その一つは海産物を食べさせるレストラン、ステーキ屋さん、飲み屋さん、アイスクリーム店など全て揃っていて、 港を眺めながら、食事を楽しめる。

また、もう一つの建物は、有名ブランドのお店が並んでいる上、バルティモアのお土産店もあり、アメリカの大型店も入っていた。

バルティモアは世界的に有名なジョン ホップキン大学病院がある。 

当然、バルティモア市民も大勢利用するが、ジョン ホップキン大学病院には、幾つか特別室もある。  

例えば、中近東の王様が重病になり、難しい手術が必要になると、王族用ジェット機で、訪米、ジョンホップキン大学病院に入院する場合もある。

召使の部屋が、大きな個室病棟に隣接している。高額医療費を払う大切な患者様なのだ。
 
バルティモアは有名なピーバディ音楽学院
もある。 知的人々も、大勢住んでいる町である。 

低所得者層も多数いる。 街並みを歩いていると、バス停でアフリカ系アメリカ人がバスを待っている姿を良く見かけた。

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