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聴覚障害者

聴覚障害者

バス一番で、カハラモールに直行。  コビッド以来、2年ぶりに 映画を映画館で観る事にした。

早や、ホノルルに移住後3年半、過去に2、3回カハラモールに行ったことがあった。

 けれども、昨年の10月に引越した関係もあり、新しい場所から、どのバスで行くのか調べた。

翌日の朝、前日調べておいたバス停とバスの番号に乗車した。

「Coda」と言う映画鑑賞が目的だ。 2年ぶりの映画館内。 観客もまあまあで一安心。

映画の内容は、 耳の聞こえない夫婦と長男、幸いに末っ子の女の子は正常者だった。  

でも、子供の頃から、家族の為に、アメリカの手話を健常者に通訳をして、家族と社会の意思疎通を手伝っていた。

父親は漁師で、 小型船で海の沖合に出て底引き網を使う漁業に携わっていた。

娘も朝3時には起きて、父親と兄と一緒に船に乗り、漁業を手伝い、釣り上げた魚を魚市場で売り捌く時の通訳も務めていた。  

魚臭い洋服のまま、仕事後学校に駆けつけたが、遅刻の常習犯だった。

たまたま片思いの同級生が 入った部活である合唱団に入った。

部活の指導教師に音楽の才能を見出され、高校卒業後の進路として音楽学校を推薦した。

貧困世帯に近い家族を思うと、大学進学は不可能と諦めかけていたが、 音楽教師は奨学金で勉学続行の可能性を教えた。

懇切丁寧な教師の指導の元、練習に練習を重ねた。

末っ子は徐々に音楽で身を立てる夢を膨らませていった。

父、母と兄まで聴覚障害者であるため、健常者である末っ子が、社会と家族をつなぐ通訳の役割を担っていた。

ボストンにある音楽学校に入学すれば、家族と別れて暮らすことになり、通訳の役割を果たせない。

初めは、音楽学校進学に躊躇していたが、 聴覚障害者である兄が賛成側にまわり、末っ子の進学が決まる。

音楽学校の入試に成功、家族と分かれて生活することになり、ボストンに出発して映画は終わる。

普段の生活で、健常者は自分の生活に忙しく、聴覚障害者の日常生活の大変さを想像もしない場合がほとんどだ。  

CODAはC はChild, OはOf、D はDeaf、AはAdultの略で、大人の聴覚障害者の子供と言う意味だ。

コビッド19のため、2年近く映画館から足が遠のいていた。  久しぶりに映画館の中。  しかも、心温まる良い映画鑑賞ができた。 アカデミー賞受賞作品だ。


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