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【別所よいよい よいやさ】『サイツノAIR_失われた唄声に耳を澄ます ~別所小唄・長唄から辿る日本の近代化~』


今から100年ほど昔のこと、一つの長唄と小唄が生まれました。長野県上田市にある別所温泉で生まれたその唄は、現代には継承されていませんでした。失われた唄声に耳を澄ませ、その唄に触れながら今を見つめるプロジェクトがあります。

『サイノツノ・アーティスト・イン・レジデンス 2024(略称:サイツノAIR) 犀の角×柏屋別荘倶楽部 失われた唄声に耳を澄ます ~別所小唄・長唄から辿る日本の近代化~』

このプロジェクトを手掛けるのは、別所温泉と同じく上田市にある劇場兼ゲストハウス・犀の角。長野県にゆかりのある3組のアーティスト共に「風流七久里の里」(通称・別所長唄)と別所小唄についてのリサーチを半年近くかけて実施しました。

過去の投稿記事はこちら▷ https://note.com/hagoromo_project/m/mf80c240379e1

約半年におよぶリサーチからわかったこと、見えてきたもの、感じたことを、去る12月1日、中間発表パフォーマンス&トークとしてお披露目しました。今回は中間発表の様子をご紹介します。


師走の始まり、快晴。別所温泉にある柏屋別荘倶楽部には、別所地域に住む人をはじめ、市内外から約50名が集まりました。来場者の中には上山田温泉のお座敷体験の時に来てくださった芸妓さんたちの姿も。


(撮影:安徳希仁)

満席の会場。進行を務めるのは、演出家で戯曲作家の藤原佳奈さん。藤原さんの軽やかな挨拶から中間発表パフォーマンス&トークは始まりました。このプロジェクトは、犀の角代表・荒井洋文さんが別所地域のジャーナル誌「別所時報」を知人から譲り受けたことに端を発します。


(撮影:安徳希仁)

別所時報に載っていた劇場のようなところで芸妓さんたちが踊っている写真。その写真についての記事を詳しく見てみると、別所長唄と別所小唄のお披露目会であることがわかりました。荒井さんは「かくも盛大な催しだったにもかかわらず、別所長唄が現在は継承されていないということについて興味を持った」とのこと。そうして始まったのが別所長唄・小唄をめぐるリサーチでした。

前半のトークでは、これまでのリサーチの様子や長唄の作詞を担ったタカクラ・テルという人物について語られました。タカクラは上田自由大学で文学論の講師を務め、その後、別所温泉へと移り住みます。藤原さんが会場に「上田自由大学を知っている方〜?」と問いかけると、10人ほどが手を挙げました。


「タカクラ・テルが京都帝国大学時代にロシア語教室で知り合った土田杏村から自由大学への講義を依頼されたのは、1923年・大正10年6月のことだった」

タカクラの別所温泉での暮らしについて朗読するのは月影瞳さん。柏屋別荘倶楽部の広間にひろがる月影さんのしなやかな声に会場の空気がガラリと変わります。大正時代にタイムスリップしたような、あるいはタカクラの生活がその場にゆらりと立ちこめてくるような、そんな空間と時間になりました。


(撮影:安徳希仁)

朗読を終え、再びのトークへ。明治維新を経て、西洋化、あるいは資本主義化が急激に進む中で、人から人へ、体から体へと受け継がれてきた歌や踊りが引き継がれなくなってしまった大正の時代。失われたもの、それはなんだったのかを見直すような機運がおこります。その機運の一つとして起こった新民謡運動。中山晋平や野口雨情、北原白秋がリードし、これまでの民謡とは異なる新しい創作民謡が作られはじめます。

ご当地の自然や風景を歌い込んだ「〇〇小唄」が数多く生まれる小唄ブームが到来し、盆踊りの定番でもある「東京音頭」をはじめ、「須坂小唄」や「望月小唄」「丸子小唄」などさまざまな唄が作られました。


(撮影:安徳希仁)

そんな小唄ブームの中で作られた別所小唄は、別所地域に暮らす人々の詩から作られています。これは地域の人たちから「別所も小唄を作りたい」と相談されたタカクラが「村民の手で作ってこそ、村民の唄になる」として地域から詩を集めることを提案したことに端を発します。そうして作られた別所小唄は、一度は廃れてしまったものの地域の人の手により復刻し、現在も別所温泉の盆踊りで踊られています。


(撮影:安徳希仁)

「別所よいよい よいやさ」
月影さんによる別所長唄「風流七久里の里」の朗読から、3日満月のおふたりによる演奏へ。歌詞に目をやる人、目を瞑って静々と聞き入る人、演奏に合わせて小さく体を揺らす人……会場に集った人たちは、それぞれの聞き方で別所長唄に耳を澄ませていました。


(撮影:安徳希仁)

終わりに、出演者たちの感想、来場者たちの感想がそれぞれ交わされました。別所地域の方々からは「目から鱗なことばかりだった」「(別所長唄・小唄を)この機会に残していきたい」「別所温泉小唄は聞いたことがあった」という声が上がり、上山田の芸妓さんからは「(別所長唄は)ちょっと難しいなと思って聞いていました」といった感想が共有されました。

「突き詰めると人間とは何かというところに収斂していくのではないか」と犀の角の荒井さん。唄とは何か、あるいは唄うとはどういうことか。失われた唄声に耳を傾けたことで「人間とは何か」という問いが見えてきたように思います。


(撮影:安徳希仁)

『サイノツノ・アーティスト・イン・レジデンス 2024(略称:サイツノAIR) 犀の角×柏屋別荘倶楽部 失われた唄声に耳を澄ます ~別所小唄・長唄から辿る日本の近代化~』は、2年間の活動を予定しているプロジェクトです。1年目はリサーチと中間発表を通して、別所長唄に新しい光が当てられました。2年目はどのような光が当てられるのか。引き続き、ご注目ください。別所よいよい よいやさ。


文責:やぎとまちの記録室 やぎかなこ
写真:安徳希仁・やぎかなこ

協力:柏屋別荘倶楽部
支援:信州アーツカウンシル(一般財団法人長野県文化振興事業団)
令和6年度 文化庁 文化芸術創造拠点形成事業

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