ヘルスケアはテクノロジーとともにValue Basedへ向かっていく
はじめに
Value Based Medicine/Healthcare__医療従事者、ヘルスケア領域の方であれば一度はこの言葉を耳にしたことがあるかと思います。
ここにきてこの「Value Based」が国外を中心に大きなトレンドとなっており、今後の医療/ヘルスケア産業を考える上で重要なキーワードの一つになろうとしています。
USのvirtual careにおけるトッププレイヤーであるTeladocの2022年01月のInvestor Presentationの今後の目指すべき発展指針の一つにもFee for Service(出来高払い/提供サービスにもとづく支払い)からValue/Risk Basedに置き換えていくことが示されています。
また、McKinsey & Companyの2022年3月に投稿された最新のヘルスケアレポートの中でも、バーチャルケアやデータ/テクノロジーと合わせて一つの柱として「Value Based」を挙げています。
テクノロジーによって医療へのアクセシビリティが向上した先には、"物理的距離"が医療機関を選択する理由から除外され、患者さんが広い選択肢の中から医療機関/プロバイダーを選ぶ時代が来ることでしょう。
レポートの中では、実際にValue Basedなサービスを受けた方では、そうでない方と比べ体験の満足度が高く、他の治療やサービスにおいても同じ医療機関/プロバイダーのものを選ぶ傾向にあるといいます。
そもそもValue(価値)とはなにか?
そもそもValue Basedとはどのような考え方なのでしょうか。
医療における価値の議論の歴史は、医療の質的評価に代表されるドナベディアン・モデルをはじめとし、古くからされています。ここ近年では、2010年にNew England Journal of Medicineに経営学者マイケル・ポーター氏の寄稿記事が記憶に新しいでしょう。
ポーター氏はこの記事の中で、価値=アウトカム/コストと定義しています。つまり、投資あたりで得られる便益の総量が価値となります。
一見当たり前のように見えるのですが、医療のステークホルダーは複雑であり、共通指標をもって価値向上を目標とすることが非常に難しい業界です。このシンプルな価値の定義は、ステークホルダー共通の目指すべきValueを定義することを可能とした画期的な公式と言っても良いかもしれません。
なぜ「Value Based」は難しいのか?
ここまでの話を聞くと、「Value Based」に沿った意思決定をしない理由がないように思います。なぜ「Value Based」は導入が進まないのか?そこには、いくつかの理由があります。
”「Value Based」”が難しい理由①:アウトカム/コストの測定が非常に難しい
「価値=アウトカム/コスト」と価値を定義する数式は非常にシンプルです。その一方で、アウトカムとコストを正確に測定することは非常に困難であることが現状です。
実際に、これまで医療の「質」については、アウトカム評価よりもガイドライン遵守などのケアプロセスの評価に偏重している傾向にあるといわれています。
例えば、National Quality Measures Clearinghouseに登録されている医療における1958の品質指標のうち、実際のアウトカムはわずか139(7%)、患者報告型アウトカムはわずか32(2%未満)にとどまっているとのことです。
この背景としては、「長期で患者の追跡ができないためアウトカム評価が困難」、「追跡が長期になればなるほどデータ化に限界がある」、「再発/再入院、死亡などのアウトカムに対しては、複雑な要因が絡むため該当の治療のみの効果として言い難い」などのアウトカム評価特有の難しさを孕んでいます。
また、コストに対しても、個別の治療のみでなくケアサイクル全体に対する測定が難しく、病院や部門単位もしくは請求をもとにしたコスト計算が限界となっていることが実情です。
”「Value Based」”が難しい理由②:専門性特化の業界特色の中でValueの説明責任の所在
アウトカムは、単一疾患によってもらたらされた症状や転機ではなく、複数のアウトカム群の組み合わせによって、全人的かつ包括評価がされるべきであるでしょう。
患者さんが求めているのは、達成された健康状態(例:生存率、機能状態、QOL)、ケアを受けるために要した時間、合併症、苦痛、達成された効果の持続性(例:再発までの時間)など、ケアの全サイクルを包括したアウトカムであると言えるかもしれません。
その一方で、現代医療は「単一の治療」に対して「単一のアウトカム」の設定のもと実施された臨床試験にもとづき、その「単一の治療」の実施に対して報酬が支払われる仕組みが中心となっています(Fee for Service/出来高払い)。
また、各診療科ごとの専門性によって分業化が特化され、主たる疾患が変われば、主治医が変わり、ケアサイクルのうち、誰が当人の全人的な「Value」に対して説明責任を持つのか?が不明確になってしまうという業界構造上の特性も「Value Based」が浸透しない一つの要因になっているようにも思います。
Value Based Healthcareの浸透が加速-テクノジーへの期待-
では、なぜいま「Value Based」がトレンド化しているのか?そこにはテクノロジーの進化が大きなブレイクスルーに繋がると期待されている背景があります。
① ペイシェントジャーニーの拡大
前述のように「Value」の評価においては、全人的かつ包括的な評価が望ましく、患者さんのケアサイクル全体におけるアウトカムやコストの測定が必要となります。
これまでの医療では病気が発症し、治療開始とともにペイシェントジャーニーがはじまり、治療を受け、退院して日常生活に復帰するところまでが一連のケアサイクルの範囲でした。
一方で、テクノロジーの発展により、疾病発症前から遺伝子検査による疾病発症リスクの評価やライフログデバイスを活用した予防的アプローチも積極的に行われるようになってきました。
また、急性期治療を終えた退院後も、その後のサポート体制とのシームレスなデータ連携や再発予防、再入院予防におけるサービス提供を通して長期でのアウトカム測定が可能となってきています。
このように発症前の段階~社会復帰後の健康維持の段階と、科学技術の発展や測定の追従性の向上によって、従来と比較し前後にペイシェントジャーニーを延長させることができるようになってきています。この結果、これまで以上に長期でのアウトカムの最適化が目標として掲げられ「Value Based」な考え方がいよいよ社会実装されていくフェーズとなってきているといえるでしょう。
② 患者中心の医療へのシフト
USでは、Institute of Medicine(IOM、現全米医学アカデミー)が2001年に発出した提言の中で今後の医療改革として進めるべき6つの目標を定めており、その中の一つに「Patient-Centered:患者中心」が含まれています。
提言の中の『患者中心』を紐解いていくと、「患者の気持ちや考えに沿っていること」や「あらゆる情報が患者としても手に入る中で必要な情報や意思決定を選択できること」、「身体的/精神的な安楽や支えであること」、「シームレスに連携されたケアが提供されること」などと定義がされています。
患者中心の医療は「Value Based」を進める点において重要である一方で、治療や医療技術の進歩のみでは実現が難しいことがお分かりいただけるかと思います。
テクノロジーや科学技術の発展により、遺伝子治療やPHRの発展をベースにした個別化医療の推進、ならびにバーチャルケアによって患者さんと医療とのタッチポイントが格段に増えること、医療機関間や医療従事者間での情報連携がシームレスになること、これらが実現され患者中心の医療の実現がより現実的になってきます。
また加えて、アウトカム評価においても、死亡や入院といったハードエンドポイントのみでなく、治療効果においても患者立脚型/患者報告型アウトカムの重要視やWell-beingなど全人的な健康を求めていくことがトレンドになってきていることも患者中心の医療へのシフトのとは無関係ではありません。
③Real World Dataの活用促進
前述のように「Value」の評価には、ケアサイクル全体を対象に長期の時間軸で、アウトカムならびにコストの測定を実施していく必要があります。
この点において、これまでの臨床試験では、①大規模コホートを長期で追跡すること、②治療と有効性を1:1の関係ではなく複雑な因子の影響を考慮し実社会に即した検討を行うことにおいて限界がありました。
近年の動きとして医療/ヘルスケアに関わる情報やプロセスが統合されデータ化されることによって、いわゆる「Real World Data(RWD)」を活用した「Value」の評価が進んでいくことが期待されています。
もちろん臨床試験と比べ、測定環境の統制されたデータではないため、データの完全性や正確性、信頼性には限界があり、治療の有効性を検討する上では、従来の臨床試験が必要かと思います。
一方でRWDを活用した検討は、実社会における有用性や外的妥当性には優れ、費用対効果などの評価には有用であると考えられています。
このようにRWDの活用促進が「Value」の評価を可能にすることによって「Value based」な考え方が加速していくことが期待されます。
どのようにValue Basedは社会へ実装されていくか?
「Value Based」とは、医療に関わるステークホルダーがコストあたりの便益(アウトカム)の最大化を目指し、そしてその価値にもとづき、価値の高い医療/サービスに資源を集中的に割り当てていこう!という考え方でした。
従来の医療は、Fee for Serviceと呼ばれる「治療」ごとに決められた価格を提供料に応じて支払う仕組みです。
一方で、「価値」によって支払いを行う方式を「Pay for Success(PFS)/Pay for Performance(成果報酬連動型支払い)」と呼びます。「Value Based」というキーワードですぐにPFSを連想する方も多いかもしれませんが、あくまでPFSは「Value Based」の考え方を踏襲した支払形式の一つです。
ただ、このPFSが「Value Based」の社会実装を牽引の一端を担っていくことは間違いないでしょう。以前にPFSについては、別のNote記事で記載をさせていただきましたので、是非併せて読んでいただきたいと思います。
では、今後PFSの仕組みがすべての医療制度における支払いの仕組みを塗り替えていくか?というとそうはならないでしょう。
前述のように「価値」の評価は非常に難易度が高く、また長期でのアウトカムの追跡は、実臨床での早期の導入は難しいように思います。また、患者さん一人ひとりのケアサイクルに対して費用対効果を検証することにも賛否があります。
では、ヘルスケアサービスの場合はどうでしょうか。
私個人としては「Value Based」はヘルスケアサービスを皮切りに社会実装されていく。「Value Based」な考えをもつヘルスケアサービスが生き残っていき、「Value Based」を取り入れていないヘルスケアサービスは淘汰されていくと考えています。
今後の社会構造を考えても医療費が増えて続ける一方で、社会保障費や医療従事者などの社会資源は有限です。また、医療/ヘルスケア業界においては、まだまだ労働集約がベースに残っています。
テクノロジーを活用してコストの削減とアウトカムの向上により「価値」を生み出せる企業への社会資源の優先的な配分がなされるべきであり、そういった市場にしていく必要すら感じています。
最後に私も医療従事者の端くれとして深くうなずき、よりデジタルヘルスの世界を進めていこうと思わせてくれたポーター氏の記事の一文を引用してこのnoteを締めたいと思います。
参考資料
Michael E Porter. What is value in health care? N Engl J Med. 2010. 363(26):2477-81.
日本製薬工業協会.治験における Patient Reported Outcomes. 2016年6月
株式会社データック.リアルワールドデータ利活用の最前線. 「リアルワールドデータでできること・できないことのまとめ」
先日、医師でありアイリス共同創業・取締役副社長でもある加藤浩晃先生のYouTubeに読んでいただきValue Based Medicineについて一緒にお話をさせていただきましたので関心を持っていただけた方はこちらも是非どうぞ。
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