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ヘルスケア領域における行動変容支援サービスのつくり方
ここ最近では、様々な業界やサービスの中で「行動変容」という言葉を耳にするようになりました。
今回は、デジタルヘルスにおける行動変容を支援している会社としての経験から行動変容支援サービスを作っていく上で抑えておくべきポイントを紹介していければと思います。
『いかに始めてもらうか?』と『いかに続けてもらうか?』は別の課題として設計すべき
まずはじめに『いかに始めてもらうか?』と『いかに続けてもらうか?』についての話題に触れたいと思います。
行動変容と言ってもターゲットとなる行動は、多種多様です。1回だけの受診や購入など単発の行動を促すものもあれば、行動の習慣化を支援するものもあります。
ここで重要なのは、『行動を起こす(はじめる)こと』と『行動を続けること(習慣化)』は、行動原理が全く異なるため、アプローチ方法も分けて考えるべきということです。
アプリサービスであれば「アプリをダウンロードして立ち上げて使い始めてもらうこと」と「毎日使い続けてもらうこと」は、別物ですよね?という話です。こういう表現をすると理解しやすいかもしれませんが、「行動を始めること」と「行動を続けること」を同時に解決しようとしているサービス&プロダクトをよく見ますし、陥りがちな落とし穴です。
いかに始めてもらうか?
『いかに始めてもらうか?』については、動機づけがキーワードです。動機づけとは行動を起こすための原因を作ることであり、動機づけを制するものがヘルスケアの行動変容支援を制すると言っても過言でないくらい動機づけは重要な要素の一つです。
前提としてターゲットとしている症状や疾患によっても動機づけされやすさは異なるでしょう。
予防医療のサービスにおいては、左下に近く、今は緊急性も重症性も低く、動機づけされていない状態であることが多いでしょう。この非動機づけの状態の人にサービスを使い始めてもらうことが「いかに始めてもらうか?」の問題にとっては重要になります。
逆に多くの方が今すぐに何とかしたいと、動機づけされているような課題(痛みやかゆみなど)については、サービスの設計面で行動変容支援をいかに考えるかという問題より、どのようにサービスを届けるか?のデリバリーの側面が事業上はポイントになるかと思います。そのため今回は前者の非動機づけ状態の方に「いかに始めてもらうか?」について深堀りをしていきます。
NG:動機づけされていない方に正しい情報を大量に伝える
これは(特に医療専門知識のある方が)一番やってしまいがちなNGです。下のやり取りをみてください。
上記のように適切な動機づけを行わず、非動機づけ状態の方に対して正しい情報を伝えただけでは、行動変容は起きません。
想像してみてください。健康診断の結果表にある「太りすぎ、血圧C判定の血糖値D判定です。食べ過ぎを避け、適度な運動を心がけましょう!」というコメントだけでどの程度の方が行動に起こしてくれるでしょうか?
非動機づけ状態の方へのいかに始めてもらうか?のアプローチの例
・動機づけ面接法(motivation interview)
・行動経済学的アプローチ(インセンティブ、ナッジなど)
・外発的動機づけ支援(強制やインセンティブなど)
非動機づけの方に対していかに始めてもらうか?のアプローチの例としては、対話によってその人自身が持つ変化への動機と表明を強めていく技法である動機づけ面接法や、自発的に望ましい行動を選択するよう促す仕掛けや手法であるナッジなど様々なアプローチが学術的にも立証されています。
外発的動機づけを使って「いかに始めてもらうか?」を解決する
その中の1例である外発的動機づけについて触れさせていただきます。
動機づけは「何に起因しているか?」によって、外発的動機づけと内発的動機づけに分類されます(自己決定理論:Ryan & Deci, 2000)。二つに綺麗に区分されるわけではなく、自己決定理論では以下の図のように下にいくにつれ、動機づけの要因が徐々に内発的要素が強くなっていくと考えると理解がしやすいです。
外発的動機づけのうち外的調整とは、物的報酬の獲得や罪の回避による動機付けとされ、例えば、強制力やインセンティブによって行動を起こしている状態のことを指します。外発的動機づけを用いた支援は、効果の即効性が期待できるため、「いかに始めてもらうか?」の問題を解くためには有効です。
ここでインセンティブを用いた研究結果について紹介させてください。
以下の図は、肥満の方を対象に1日7,000歩以上歩くことを目標にし、目標の達成度に応じてインセンティブを設計し、インセンティブによって活動量のアップにつながったのか?ということを検証した研究の結果です(Mitesh S. Patel, et al. Ann Intern Med. 2018.)。
研究結果からも分かるようにインセンティブをもらったグループでは、インセンティブなしのグループよりも目標とする活動量を達成できた方が多かったという結果を示しています。このようにインセンティブなどの外発的動機づけは、即効性があり、行動変容を始めることに有効であることが分かっています。
さて、ここで鋭い方はお気づきでしょう。インセンティブをやめた途端、活動量が落ちていると・・・。そうなのです。外発的動機づけには欠点があり、それが持続効果の弱さです。
最近の事例でも、COVID-19に対する強制力(外発的動機づけ)をもった緊急事態宣言の行動抑制の効果も回数を重ねるごとに効力が低くなってきていることは、様々な調査で指摘されてきています(参考:SNSと報道データに基づく⼈の⾏動モデルの提案と感染シミュレーション #5)。
つまり「いかに続けてもらうか?」についてはこれだけでは片手落ちであり、この継続支援については、次項以降で触れていきます。
ここまでのまとめ
●行動変容支援サービスを構築する際には、『いかに始めてもらうか?』と『いかに続けてもらうか?』を別の問題として捉え、それぞれに対してアプローチする必要がある
●『いかに始めてもらうか?』については動機づけが重要であるが、特に予防医療など緊急性/重要性の認識が低い領域では非常に難易度が高い
● 外発的動機づけが『いかに始めてもらうか?』については有効な手段の一つであり、非常に即効性が高い特徴を持っている。その一方で行動の継続支援効果は弱い
いかに続けてもらうか?
行動変容支援においては『いかに続けてもらうか?』も非常に重要な課題の一つです。先ほど、外発的動機づけの欠点として、外発的動機づけによって動機づけされている状態では、持続性が弱いという話をさせていただきました。
この自己決定理論においては、外発的動機づけを内発的動機づけに移行していく支援をすることが行動の習慣化のカギと言われております。では、何をすれば外発的動機づけの状態から内発的動機づけに移行できるのでしょうか?
結論としては、3つの支援策があるとされています。それは、「自律性」、「関係性」、「有能感」の欲求をそれぞれ満たすというものです。
例えば、有能感を満たせるように記録しているログに対してフィードバック要素の強いグラフ機能を追加したり、関係性を満たすためにピアサポートやランキング機能を加えることなどが考えられます。
この自律性、関係性、有能感を満たす仕組みをうまくサービス設計に組み込むことによって、外発的動機づけの状態から内発的動機づけの状態へ移行していき、行動の習慣化を支援することが可能となります。
また、この自己決定理論以外でも例えば、行動変容ステージに代表されるトランスセオレティカルモデルや行動変容技法であるbehavior change techniques(BCT)なども行動の習慣化の支援に貢献できる理論になります。
以下は、様々なBCT(behavior change techniques)を活用し、野菜や果物の摂取を促した研究結果を集め、活用したBCTの種類によって改善効果に違いが出たか?を検証している研究結果になります。(Lara J, et al. BMC Med. 2014.)
この結果からもより多くのBCTを活用することによって、行動変容支援効果が高まることを示しています(一つのBCTの追加によって8.3gの増加が見込める結果であった)。
いかに続けてもらうか?についてのまとめ
● 外発的動機づけの状態をいかに内発的動機づけの状態に移行していけるように支援するか?が重要
● そのためには3つの仕掛けをうまく使うこと「自律性」、「有能感」、「関係性」
● 自己決定理論以外でも、トランスセオレティカルモデルやBCT(behavior change techniques)など、行動習慣化支援において有益な理論の活用が望ましい。
さいごに
ヘルスケア領域のみでなく、多くの業界において『行動変容』という言葉が独り歩きをしているように感じます。
本来、行動変容支援のアプローチ方法は、個別性が高いものであり、大人数の集団に対して、一つの解決策で、行動変容を起こせるか?という点についてはかなり難しいと考えていただいてよいかと思います。
その一方で、十分にターゲットを理解し、それぞれの動機づけレベルや準備性に合わせた適切な目的を設定し、上手く仕掛けを作ることで、行動変容を支援し、効果を最大化させることは可能です。
仕組み、仕掛けによって、人々が意図せずとも快適に、適切な行動がとれるような社会になることを願って、本記事を締めたいと思います。
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最後にちょっとだけ宣伝です。PREVENTでは、こうした行動変容支援の技術を使って世の中を良くしていきたい人、行動変容支援を行うプロダクトを開発したい!ヘルスケア関連企業様とコンタクトを取らせていただきたいと思っております。以下のフォームからご連絡をいただければ私(代表 萩原)が期間限定で直接対応をさせていただきますので、是非お気軽にご連絡ください。
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参考文献
松本裕史, 竹中晃二ら. 自己決定理論に基づく運動継続のための動機づけ尺度の開発:信頼性および妥当性の検討. 健康支援. 2003.