まぁ、全部嘘なんやけどね。【その2】「魅惑のポヌープ」

ポヌープ

同世代の人なら、知ってる人も多いのではないだろうか。

私が小学生の頃。
普通より少し細いオレンジの缶に入ったソレは、自販機の缶ジュースが110円だった当時に、210円と強気な価格でタフマンやネクターの隣に鎮座していた。

今でいうエナジードリンクの走りだったのだろうか。デカビタやライフガードの様な色の炭酸飲料で、開けた時にふわっと梅の香りがするのが印象に残っている。

関西地方限定だったのだろうか。CMも、父が見ていたサンテレビの釣り番組でしか見た事がなかった。

「魅惑の〜♪
 ポヌープ〜♪」

清涼飲料水には似つかわしくない、ヤケにウェットな曲と共に夕暮れの浜辺が写るCMは、オトナな飲み物の様にも感じられた。

そんな子供達の憧れ、ポヌープ。
正式名称「魅惑のポヌープ」を簡単に口にできるヤツが友達にいた。

地元有名製麺業店のひとり息子、伊田(いた)君だ。

私達が2個80円のミルミルを分け合って買おうか悩んでいた時、彼は颯爽と躊躇いもなく小銭を入れ、ポヌープのボタンを押した。
ガシャン。時が止まった。
「アレがポヌープか」
その場にいる子供達全員が、固唾を飲んで見守る。実物を見たのは初めてだった。

そんな私達を気にもかけず、伊田君は平然とポヌープを開け飲み出した。

梅の匂いが香る。美味そうな喉越しの音。あゝ、そんなに急いで飲むとすぐ無くなっちゃう。だって缶が細いんだもん。

今思えばすごい目をしていたのだろう。
その様子に気づいた伊田君は「君達も飲むかい?」と500円硬貨を取り出した。
40円ぽっちで迷っていた私達に500円硬貨はまるで金貨だった。
当時500円玉に刻印されていた西宮球場のダグアウトの絵柄が、やけに輝いてみえた。

勘違いしてほしくないのだが、伊田君は別に嫌味で言っている訳では全くなく、ただ友人と楽しくジュースを飲み交わしたかっただけの様だった。

「あ…あ…」千と千尋の神隠しの「カオナシ」さながら手を伸ばす私。お金を渡す方と受け取る方は逆なのが悲しい。
「君達も、ポヌゥプを飲みたいだろう?」


は?いまなんつったコイツ。


ポヌゥプだ?ポヌープだろポヌープ。ストゥブみたいな発音しやがって。
そんな「ゥ」の使い方していいのは川原正敏の『海皇紀』だけなんだよ。ジャンパー脱いだだけで「ヴァ」って鳴らせんのかテメェ。
西宮球場も寄りで見りゃ何処のダグアウトか解んねぇだろ。

その瞬間、私は悪い魔法が解けた。
さっきまで施しの心に溢れた聖人に見えた目の前のドラ息子も、今では悪魔に見える。
“はまやねん”の相方みたいな顔しやがって。

怒りに任せ、そのまま殴り倒してやろうかとも思ったが、そこは友人なのでグッと我慢して

「大人になったら、自分で買ったポヌ“ー”プで乾杯しような!」と言った。

伊田君も何かを察した様子で、ハッとした後にニッコリと笑って「うん!」と答えてくれた。
その時、私達は少しだけ大人になれた気がした。
ありがとう、川原正敏。

伊田君の乳歯の抜けた隙間から、ぬるい梅の香りが通り過ぎる。
2度と歯見せて笑うんじゃねえぞカス。



ーーそんな出来事を、先日地元でうどん屋さんを訪れた際に思い出した。

3年生になる頃、伊田君は引っ越してしまって、それっきりだ。
彼は元気だろうか。
いや、野暮だな。きっと元気さ。

そうだ。憧れのポヌープを飲んでみよう。そう思い立ち、今も売ってるのか調べてみた。

内輪では流行っていたものの、所詮はマイナー飲料。
会社も潰れているかもしれない。



10数年程前に書かれた、「魅惑のポヌープ」販売終了の記事を見つけた。



そうだよな。
さみしさを感じながら憧れの飲み物の記事を読み進める。



ー20xx年x月

ー「魅惑のポヌープ」生産中止。

ー制作会社に避難の嵐。

ー被害者の会設立。




なんでも、致死量の糖が含まれていたそうだ。

彼は、元気だろうか。




まぁ、全部嘘なんやけどね。


ところで、私は昔女子校の教員をしていた事があります。
これはホンマやねんけどね。

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