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『チェンソーマン』レゼ編の完成度の高さをストーリー構造から考察

 皆さん『チェンソーマン』という漫画をご存じですか?

 2019年より週刊少年ジャンプに連載されているアクション・ダークファンタジー物の漫画なのですが、その二転三転するストーリー展開、映画的なコマ割り、センスを感じる台詞回しが非常に魅力的で、現在(2020年6月)七巻まで発売されています。ジャンプファンはもちろん、コアな漫画ファン層にも人気を得ているようです(ツイッターを眺めていての主観)。
 作者の藤本タツキ先生は、ジャンプ+で連載をしていた前作『ファイアパンチ』一話がネット上で大きな話題となり、無事完結を迎えての本誌掲載でした。藤本先生の読み切りもいくつか読んでみたのですが、非常に面白いのでお勧めです。しかし「性」要素がどこかしら散らばっているので、ちょっと大人向けかもしれません。
 そのエナジーはチェンソーマンにも少し感じられますね。

⇓ チェンソーマンのWikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%82%A7%E3%83%B3%E3%82%BD%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%B3

⇓ ジャンプ+
https://shonenjumpplus.com/episode/10834108156650024834

 私自身読んでいて、この漫画はまさに鬼滅以降のジャンプ次世代を担う一角だと確信しているところです。特にファンからの人気が高いのはレゼ編と呼ばれる、単行本5巻~6巻に相当する章です。
 レゼ編は、文字通りレゼという少女と主人公デンジの関係をめぐるストーリーなのですが、レゼはこの章にしか登場しないキャラクターであるにも関わらず、先日行われたキャラクター人気投票では4位を獲得する人気キャラクターとなりました。

 さて、ざっとインターネットでレゼ編の感想をあさってみると、「何度読んでも凄いという感想」「完成度が百点満点」「映画化してほしい」などなど出てきます。いやほんとに肯定的な意見ばかりですよ。
 では、なぜ人々はレゼ編を読んで、すごい!完成度が高い!面白い!と感じるのか。一考を書いてみます。

・レゼ編は「裏返し」モデルの構造になっている

 レゼ編のストーリーは「裏返し」モデルになっているのではないでしょうか。「裏返し」モデルとは、古今東西の異郷訪問譚に見られるストーリー構造です。
 異郷訪問譚とは単純化すると、日常の世界→非日常の世界→日常の世界、となるお話のことです。有名な例をあげると、『浦島太郎』でしょうか。

 え?デンジは異世界なんか行ってない?
 いやまったくその通りなのですが、パワーがいなくなったことを始まりとして、自分を好いてくれる同年代の少女、行ったことのない学校、夜の学校のプールを巡ることは、義務教育すら受けていないデンジにとって十分な非日常足り得るのではないでしょうか。デンジは体験したこともない場所、体験したことのない女性、体験したことのない時間を、一人の女の子と巡るのです。
 また、「裏返し」構造を語るのに、正確な異郷訪問譚である必要もないように思われます。あくまで、デンジが日常から非日常の世界へ向かい、また日常の世界へ帰ってくるということです。
 では「裏返し」構造とは何か。
 今し述べた「行って帰ってくる」つまり、Uターンのようなストーリーの骨格の中で、前半部分に描かれたテーマが、後半部分で、逆の順番に否定または除去される構造的特徴のことを言います。

大喜多紀明(2014)「アニメーション映画『千と千尋の神隠し』にみられる二重の異郷訪問話譚構造について : ミハイ・ポップの「裏返し」モデルを適用した場合」『国語論集 11巻』北海道教育大学釧路校国語科教育研究室
http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/bitstream/123456789/7469/1/kokugoronsyu-11-77-89.pdf
にて、『千と千尋の神隠し』を一例に説が載せられています。

 曰く、千と千尋では、

※ スマホでは行がずれてしまうようです。画面横向きで解消されると思います。

出来事の前   ・・・裏返し・・・   出来事の後
  ⇓                   ⇑
現実から異界へ ・・・裏返し・・・  異界から現実へ
  ⇓                   ⇑
 契約     ・・・裏返し・・・   契約解除
  ⇓                   ⇑
引き入れる   ・・・裏返し・・・   導き出す
  ⇓                   ⇑
川の主の業   ・・・裏返し・・・  カオナシの業
            ⇒

 という物語構造が取られているというのです。
 この裏返しの部分同士では、対照的な関係で配置されています。
 先ほど示した引用文献ではより詳しく記載されていますので、そちらを見てほしいのですが、私はこの考えをチェンソーマンに当てはめてみたいと思います。

 レゼ編の出来事を箇条書きにするとこうです。(ネタバレ注意)

① パワーがいなくなる
② レゼの出現
➂ 学校行ったことないなんて
④ 夜のプール
➄ 花火大会でのキス
⑥ 舌を噛み千切られる
➆ 海へのダイブ
⑧ 学校行ったことないんだ
➈ レゼの消失
➉ パワーが戻ってくる

これを構造的に並べます。

①パワーがいなくなる   ・・・裏返し・・・ ➉パワーが戻ってくる
    ⇓                     ⇑
②レゼの出現       ・・・裏返し・・・ ➈レゼの消失
    ⇓                     ⇑
➂学校行ったことないなんて ・・裏返し・・ ⑧学校行ったことないんだ
    ⇓                     ⇑
④夜のプール       ・・・裏返し・・・ ➆海へのダイブ
    ⇓                     ⇑
➄花火大会でのキス    ・・・裏返し・・・ ⑥舌を噛み千切られる
                ⇒

となります。この見事なUターンの形によって、読者はレゼ編を隙のない完璧な小作品として評価しているのではないでしょうか。
 奇しくも、パワーがその始まりと帰結を担っているのが面白いですね。
 他の項目に比べて➄と⑥の時間間隔が短いと思われるかもしれませんが、私はこの瞬間こそ放物線を描くストーリーの頂点部分だと思います。
 正確にはチェンソーマン第六巻12pから13pです。このページをまたいだ瞬間に、章が裏返りはじめるのです。
 そもそも、レゼはあのときキスをする必要はありませんでした。砂浜でしたように、顔を近づけて首の骨を折ってしまえばよかったのです。デンジとレゼのキスは、物語が反転する瞬間のシーンとして機能していると思います。物語の頂点で、最高の親睦表現は最悪の敵対表現として数瞬間のうちに否定されるのです。

 今回ピックアップしたレゼ編の箇所は、デンジとレゼに焦点を当てたものでしたが、他にも、章の前半部分に起きたモチーフが後半部分で否定されて着地するものがあります。
 神秘的に声だけ登場していたの台風は、かなり醜い姿であらわれ、かわいい私服のマキマさんは、おそろしい制服姿で再登場します。「人間は苦しんで死ぬべきだと思う」と突き放した天使は、「君は天国に行くんだから」と死にゆく人間に慈愛をもって見届け、天使に対するアキも、最初とは明らかに違う関係性を天使と築きます。
 特に顕著なのは「都会のネズミと田舎のネズミ」でしょう。安全に暮らせるか美味しいものを食べられるかという背反を述べた寓話が、マキマによって、とんでもない形で否定されます。

 英語では物語の章のことを「arc(弧)」と呼びます。レゼ編は「Reze arc」ですかね。章を放物線として見るならば、レゼ編はとてもとてもきれいな弧を描いているといえるでしょう。
 我々は敏感にそのまとまりを察知して、「レゼ編、すごい!」となるのではないでしょうか。




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