統合失調症の私が伝えたい5つの事Vol17
24 新年度・躁状態
旅行から帰って来てからは、とても忙しかった。大智と亮純の新年度の準備や、寺の仕事、家事、そして英語教室の新年度の授業の準備に追われた。
新年度の授業の準備に加えて、私は、「児童英語講師のネットワーク作り」という事も試みていた。
なぜそんなことをしようと思ったのかわからなかったが、何か使命感といったものが私を突き動かしていた。
「日本の英語教育をなんとかしなくては!」
そんな使命感だった。私は、本気で何とかしなければと思っていたのだ。
大智と亮純に本を読んで寝かしつけた後、私はパソコンで、児童英語教育について、いろいろ調べた。睡眠時間を削って、毎晩調べた。
今思えば、完全に躁状態だったと思う。眠らなくても、全く疲れを感じなかった。楽しくて仕方なかった。躁状態だけではない。一種の誇大妄想にとり憑かれていた。
「日本の英語教育を何とかしなければいけない!」
と、私は本気でそう思っていた。今、振り返ったら、完全に妄想にとりつかれていたとしか言えない。私一人で、日本の英語教育を変える事なんてできないし、私には、他にもっとやらなければならないことがあった。私は大智と亮純の母だ。二人の面倒を見るだけでも大変なことのはずだ。そしてそれこそが、私が一番にしなければいけないことだったのだ。
なのに、私は睡眠時間を削って、児童英語講師のネットワーク作りと授業の準備に打ち込んだ。そして、アメリカ人講師を迎えての児童英語講師向けのセミナーを企画した。セミナーは大成功だった。児童英語講師の方や、学校の先生方が、たくさん参加してくださった。
「もう十分じゃあないか?」
今ならそう思う。それなのに躁状態だった私は、さらに別のセミナーを企画しようとしていた。睡眠時間は、毎晩2時間くらいだった。それでも、全く疲れを感じなかった。
隆道はそんな私に、
「仕事も大切なのかもしれないけど、体をそして、目の前にあるものを大切にしないと。あなたには、大智と亮純という、かけがえのない息子たちがいるのだから。」
という言葉を何度もかけて、私を立ち止まらせようとしてくれた。でも私は、そんな言葉を振り切って、仕事に没頭した。
25 フィリピン
二つ目のセミナーの準備に追われて、忙しくしていた頃、隆道が、
「あなたフィリピンに行って来たら?」
と、不意に言った。
「えっ?フィリピン?」
隆道の入っている慈善団体が、フィリピンの聾学校の寮の建設資金のいくばくかを寄付して、その寮の建設完成記念のレセプションが、フィリピンのマニラで行われるのだという。隆道の代わりに、私がそのレセプションに行って来てはどうか?と、隆道は言った。
「あなたは、英語が好きだから。それに、ここのところ働きずくめだから、リフレッシュしてくるといいよ」
と、隆道は、優しく言った。
授業の事や、子供たちを置いて一週間も家を空けることに、初めは躊躇したが、こんな機会はめったにない。フィリピンの英語教育にも、興味があった。私はフィリピンに行くことにした。そして、以前、福山で英語を習っていたマリアに連絡をした。マリアは福山で英語を教えていて、今はフィリピンに戻っていた。フィリピンでは、彼女の家に泊まらせてもらうことにした。
マリアは、元小学校の先生だった。彼女は、英語を教えていた。英語のテキストも執筆していた。彼女は、私を大学の教授や小学校の校長先生たちに会わせてくれた。全て女性だった。皆、晴れやかで、輝いていた。彼女たちは、とびきりの笑顔で、私を迎えてくれた。
マリアの自宅はマニラ市内にある、小さな家だった。隣の家は鶏を飼っていて、毎朝私は、鶏の啼き声で目覚めた。女たちは、たらいで洗濯をしていて、たくさんの子供たちが、外で遊んでいた。何というか、「生きている!」って感じがした。
その雑多な雰囲気は、なぜか私に、東大阪での幼い頃の記憶を思い出させた。私の心の蓋が、少しずつ開いていったのかもしれない。いや、気づいてはいなかったが、確かに心の蓋は開いていったのだ。
隆道の属する会でのレセプションでは、私は通訳をした。マリアも手伝ってくれた。マリアと共に訪れた小学校の先生たちは、皆、若く綺麗だった。彼女たちの制服の色は、曜日ごとに変わる。月曜日は赤、火曜日は青といった具合に。遊び心があって、素敵だと思った。生徒たちも楽しいだろうとも思った。
マリア一家は、タガイタイというところに、車で、連れて行ってくれた。雄大な自然に囲まれた、素晴らしい場所だった。ロバに揺られて、山を登った。本当に楽しかった
マリア一家と、教会の礼拝にも行った。礼拝では、バンド演奏もあった。牧師さんの説教も熱くて、とにかく、パッションに溢れていた。そしてここでも、皆、とびきりの笑顔だった。私の胸は熱くなった、
あっという間に、一週間が過ぎて、私は広島へと帰ることになった。この一週間、大智と亮純の事は、不思議と一度も頭によぎらなかった。