(BL小説)笛の音の邂逅 第七話

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 結局、まだ二人の関係はさほど進展していない。三回に一回くらいは隙をついて詠心の唇を奪えるようになったが、身体は許してくれないし、触れようとしてもやんわりと躱される。それでも初めて想いを告げた日から幾らかは距離が近くなったと輝信は思う。
 それが続いて槿の季節、詠心は急に都から消えた。いつも通り迎えに行かせた家臣からの報告を聞き、輝信の頭は一瞬真っ白になった。我に返ってから家臣に都中を探させ、自分で件の少女の元にも訪れたが、詠心は見つからず、誰も行方を知らなかった。元より詠心は同じ場所に留まらぬ流れ者である。いつ都を去っても可怪しくはない身の上であるが、輝信に何の断りもないとはどういった了見か。無断で去った怒りはあるが、それ以上に不安が輝信の心を占めた。
―まさか事件に巻き込まれたんじゃないだろうな?―
 だが輝信には温和な詠心が誰かに恨まれるような心当たりは無く、連れ去られたところ等を見た者も居ない。本当に、風に吹かれた綿毛のようにふわりと何処かに去ってしまったようだ。輝信は不安と苛立ちを覚えながら仕事をする他に無かった。だが当然、全く何も手に付かない。書類の文字を追おうとしても全く頭に入らず、食事も喉を通らず、悪い事ばかりを考え、眠ればそれを夢に見る日々が続いた。
「詠心が……居ない……」
 辛うじて出たその声は自分でも分かるくらい力が無く、情けないものだった。

 詠心からの手紙が届いたのは、詠心が都を出たと気付いてから二週間後の事だ。
『わたの原 漕ぎ出でて見れば 久かたの 雲ゐにまがふ 沖つ白波 ―詠心』
「は?」
 手紙には達筆な字でそれだけが書かれていた。以前輝信が与えた書の写しから覚えた一首であろう。
―海に居ると言う事だろうが、何を考えているんだか―
 輝信は焦りと不安に押しつぶされそうだというのに、何とも暢気なものか。旅人らしいと言えばらしい。心なしかその文字は生き生きとしているように見える。詠心という男は一体どれだけ輝信を振り回せば気が済むのか。無事な事が分かり、輝信は一気に脱力した。

第八話は明日、7月6日公開予定です。ついに最終話となります。

【追記】

「わたの原 漕ぎ出でて見れば 久かたの 雲ゐにまがふ 沖つ白波」

これは百人一首76番、法性寺入道前関白太政大臣(藤原忠通)作です

https://www.ogurasansou.co.jp/site/hyakunin/076.html


原作はこちら

『非天の華』著 :  葛城 惶

原作…葛城 惶さま(@1962nekomata)

表紙…松本コウさま(@oyakoukoudesu1)