(BL小説)旅の終着 最終話

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 輝信の元に帰った翌日、詠心が目を覚ましたのは巳四つ――昼近くだった。初めて輝信と共寝した朝だ。
「おはようさん」
 輝信は先に起きていたらしい。詠心を見下ろしている。もしやずっと寝顔を見られていたのだろうか。
「お? もっかい寝るつもりか?」
 輝信は大きな手で、もぞもぞと褥に顔を埋める詠心の頭を撫でる。詠心は別に眠るつもりはない。だが身体のあちこちが痛んで起き上がるのが辛いのだ。輝信に手を借りて抱えてもらうような形でなんとか上半身を起こす。詠心は自分の脆弱さを恨んだ。
「今日はこのままここでゆっくりしてな」
「はい。ありがとう御座います」
 輝信は食事を済ませると、仕事だと言って部屋を出て行ってしまった。入れ違いで詠心の世話役を命じられた月守が入ってくる。詠心が居ないからと輝信は何も手が付けず、やるべき仕事を溜め込んでいたのだと月守は教えた。
「私にも何かお手伝いできる事はありますでしょうか?」
「そうですね。我が主に『やるべき事はやれ』と申し付けていただきたいです。あの御方は直ぐにふらりと遊び歩いてしまいますから」
 詠心からの申し出に対し、至極真面目な表情で月守は言う。それに関して人の事を言えない詠心は愛想笑いで誤魔化した。
「そういえば、以前設楽様を狙う輩がいた件の事なのですが」
 話をすり替えるべく、詠心は思い出したように言う。月守は詠心、輝信と共に千里の救出に行った家臣の一人だった。
「そちらはもう輝信様が目星を付けております。ですが証拠がない以上は何もできません」
「そう……ですか」
 斎主の前で輝信の名を出した時、大臣達の中に明らかに挙動が可怪しい者が居た事を伝えようと思ったが、やめた。奴は斎主を敵に回したくはないだろう。私が輝信様を愛し、斎主が『良き義兄』である限り、もう手の出しようはない筈だ。それに、もし仮に制裁を加えるとしても詠心の関わるところではないだろう。
「心配なさらずとも、詠心様の事は何があっても輝信様がお守りするでしょう。わたくし共も尽力致します」
 月守はにっこりと微笑んだ。しかしその目は鋭い。まるで「次は無えぞ」と言っているように見える。頼もしいものだ。
「それより、輝信様が明日の夕方にでもご一緒に散歩に行きたいと仰っておりました。お身体に障りないようでしたら、お二人で出掛けてみては如何でしょう?」
「ええ、是非」
「では伝えておきましょう」
 月守は詠心以上に楽しそうである。浮かれた声で「では失礼致します」と言って出ていってしまった。

 翌日は大分身体が楽になっていた。もう直ぐ酉の刻になろうかというとき、輝信は部屋に戻ってくる。
「よう、お待ちどおさん。大丈夫か? 腰とか痛くねえのか?」
 まだ痛いのは痛いが、散歩に行きたい気持ちが勝っていた。一日中屋敷にいる方が耐えられないのだ。屋敷や月守達に不満があるわけではないが、どこか落ち着かない。
「どっか行きてえところがありゃあ連れてくぜ?」
 輝信に言われ、詠心はとある場所を指定する。輝信は何故そんなところに行きたがるのかと首を傾げたが承諾してくれた。かなり長距離だが、馬に乗るのは詠心の負担が大きいから歩きだ。辿り着く頃にはもう月が高く昇っていた。
「着いたが何があるんだ? 忘れ物でもしたのか?」
 二人は以前、千里が拐われた小屋に来ていた。多少血の跡は残っているものの、中は綺麗に片付けられており、当時の血生臭い雰囲気はなくなっている。
「忘れ物はないですが、伝えていない事があります」
「何だあ?」
「設楽様、もう少しこちらへ……後ろを向いてくださいませ」
 詠心は強引に輝信の手を引いて小屋の中心に立たせ、後ろを向かせた。そしてぎゅぅう、と力強く後ろから抱きしめ、背中に頬ずりした。
「詠心?」
「千里を助ける為に闘ってくださったあの時、貴方様のその背に抱き着く自分が見えたのです。はじめは起きたまま見た夢か、幻覚だと思いました。ですがきっと私の欲望だったのでしょう」
「そうか」
 輝信は腹に回された詠心の手に自分の手を重ねた。輝信が今どんな気持ちなのか、詠心は知らない。けれど輝信の鼓動は平時よりも早く、手は熱かった。
「愛しております。輝信様」
「ああ、俺もだ。愛してる、詠心」

ありがとう御座いました。本日中に終章を公開します。


原作はこちら

『非天の華』著 : 葛城 惶


原作…葛城 惶さま(@1962nekomata)

表紙…松本コウさま(@oyakoukoudesu1)