(BL小説)旅の終着 第五話

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「ほんとは留守番してもらおう思ったが、連れてきて正解だな。根城を探す手間が省けた」
 千里を拐かした奴らがいるであろう小屋に向かう最中、輝信は言った。詠心は男らが去った道順を、一度も違わずに伝えている。
「有難う御座います。あの時は夢中になって馬の足音と子の泣き声を頼りに後を追いました」
「だが何も出来ずに引き返した、か」
 図星を突かれ、背後から輝信の腹に回した手に思わず力が入る。手を握りしめるのは嘘を見抜かれたときの詠心の癖だった。小屋から聴こえた声は千里を除いて恐らく四、五人。もしかしたらもっと増えているかもしれない。
「さて、と。まだ此処に居ると良いんだがなあ」
 着いて馬から降りてから輝信は呟いた。詠心は耳を済ませて小屋の壁に耳を当てる。号泣してははいないが千里の啜り泣く声と、詠心が対面した男の話し声が聞こえた。
「居ます。拐った男共もあの子もまだ生きています。声が聞こえます」
「俺にゃあ聞こえんよ」
 輝信も同じように壁に耳を当てたが、何も聞こえなかったようだ。小屋だと思っていたが、木や石に囲まれて見えない部分が多く、実は以外と広いのかもしれない。
「私は耳と記憶力だけは良いのです」
「じゃあさっさと行きますか。ほれ」
 輝信は詠心の顔程――それ以上はあるのではないかと思う程大きな手を差し出した。いつ見ても羨ましいくらいに立派な手である。差し出されたのは手を繋ぐという意味だろうか。詠心は恐る恐るその手を取った。
「短筒を渡して欲しかったんだが。こっちのが嬉しいがな。中まで一緒に来るか?」
「あっ、も、申し訳ありませぬ」
 とんだ勘違いだったようだ。詠心は慌てて手を離そうとしたが、輝信は素早く詠心の手を握った。羞恥でカッと顔が熱くなる。だが、恥ずかしさだけではなかった。原因は分からないが一瞬詠心の心臓の音が大きくなり、脈が狂ってしまったようだ。
「瞬きしないで見てな」
 輝信はにぃ……と嗤い、詠心の手を引いて突入した。そして敵に戦闘態勢を取らせる隙も無く蹴散らす。先ず先に千里に最も近い男の頭を撃ち抜き、輝信に襲いかかる者を躱しながら、千里を盾にしようと近付く男を短筒と短刀で倒す。更に一人、二人……輝信は休む間もなく次々と男らを倒した。詠心は家臣の背に隠れるようにしながら、食い入るように輝信を見た。
―何も恐れぬ豪快な戦いっぷり……西海の鬼の名は真であったのだな―
 肌に返り血を浴び、外の国特有の赤毛を風に靡かせながら次々と男らを蹴散らすその様は正に赤鬼と呼ぶのに相応しい。気のせいかその背中は今までよりも大きく逞しく感じる。詠心は輝信のその背中に抱きつき、頬をすり寄せる自分の幻覚が見えた。この緊迫した場面で何故そんなものが見えたのかは分からない。だがその瞬間、詠心はもう輝信から逃げられないのだと悟った。千里を助ける為に自分の身を差し出すと口約束をしたからではなく、もっと深い心の奥が輝信の所有物になってしまったような気がした。
 あっという間に敵はみな倒れた。盾になろうとした詠心はおろか、家臣の一人も出る幕がない。圧倒的な実力差だった。
 敵が全員息絶えたのを確認して小さな刀で千里の縄を切る。千里は一直線に詠心に駆け寄り、抱きついてきた。
「えーしん、えーしん」
 詠心は膝をついてその子を抱きとめ、素早く怪我の有無を確認した。縄の痕や擦り傷があるものの、大きな怪我をしていない事にほっと息を吐く。そして再び千里を抱きしめた。
「怖かっただろうに良く耐えたね。良く頑張った」
 それから家臣のうち二人を後始末に残し、一人は輝信と共に帰る。詠心は行き道と同じように輝信の後ろに乗り、千里は家臣の一人の馬に乗った。千里を無事親元に送り届けた後、詠心、輝信、家臣の三人は屋敷に戻る。

 屋敷に戻ってから、詠心はひたすらに輝信に頭を下げ、礼の言葉を述べ続けた。
「そう恐縮するな。いい加減頭を上げたらどうだ?」
「本当に、有難う御座います」
 詠心はなおも頭を下げた。千里は詠心にとっては大切だが、輝信にとっては記憶に残っているかどうかも怪しい、殆ど何も知らない子供である。なのに自らの危険を顧みず助けてくれた事、そして今まで輝信を避けるようにしていたのに、突然図々しいお願いを聞いてくれた事を心から感謝した。だがひたすら頭を下げ続けているわけにもいかない。約束を果たさねば――詠心はさっと顔を上げた。
「設楽様」
「今度は何だ?」
「既に腹は決めております。どうぞ私を貴方様の思いのままにしてくださいませ」
 輝信の隣に引き寄せられた。欲を孕んだ目をした輝信に触れられた瞬間、詠心の身体はぴくりと身動ぐ。だが詠心は輝信から一切目を逸らさない。逸らしてはならない。目を合わせたまま後頭部に手を当ててられ、そのまま唇を重ねた。

第六話は明日、7月13日午後公開予定です


原作はこちら

『非天の華』著 : 葛城 惶

原作…葛城 惶さま(@1962nekomata)

表紙…松本コウさま(@oyakoukoudesu1)