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「大事な仕事は、人からは見えない方がいい。」

 だいぶ流行には出遅れたが、新海誠監督作『すずめの戸締まり』を観た。(ホームシアター(パソコン×動画配信サービス)万歳!)

 タイトルは、もうひとりの主人公である青年・宗像草太(むなかたそうた)のセリフから。
 彼には、全国各地の「扉」を閉める役割を担う「閉じ師」であると同時に、「教師を目指す大学生」という表の顔もある。
 彼の表の顔を初めて知り、就職を控えていることに驚愕する本作のヒロイン・すずめが、「閉じ師はどうするの?」と訊ねたとき、彼がこう答えるのが印象的だ。

 「閉じ師は、代々続くうちの家業なんだ。これからもずっと続ける。でも、それだけじゃ食っていけないよ。」
 「——そうなんだ」
 (中略)
 「……でも、大事な仕事なのに」
 「大事な仕事は、人からは見えない方がいいんだ
 (中略)
 「大丈夫。さっさと元の姿に戻って、教師も閉じ師も両方やるよ

新海誠『小説 すずめの戸締まり』p.157-158

 タイトルのセリフも良いが、その後の「両方やるよ」が、また素晴らしい。
 お金を稼げる「教師」という仕事。
 お金は稼げないが、人々を厄災から護る「閉じ師」という仕事。
 そこで二者択一するのではなく、貪欲に「両方やる」と言い切れる草太が、純粋に羨ましく、また、勇気をもらった。

 少し前に書いたことがあるが、私は、音楽の道を志し、それ相応の教育を受けて、それを仕事としていたことがある。
 一応お金は付いてきたが、到底生きていけるだけの金額ではなかったし、何なら、自分の精神が崩壊しかけた仕事であったことは、まだ記憶に新しい。

 以前は、教育を受けさせてもらった恩と、自分のプライドもあって、音楽で生計を立てていかなければ、と躍起になっていたこともあった。
 しかし、様々なことを経て、最近は、無理に音楽の仕事に就いて、純粋にそれが楽しめなくなるより、音楽じゃない仕事でも、精神と生活の安定を得て、自分の自由になる時間で、好きな音楽ができることの方が大事なのではないかと思い始めてきた。

 草太の言葉は、そんな私の想いを肯定し、背中を押してくれているようで、ただただうれしかった。

 音楽を、人に自慢できる仕事の肩書にできなくたって、それを生涯の「仕事」とすることはできる。
 そういう「生き方」を選ぶことだってできる。

 まだまだ、これからの生き方を模索する私だが、また一歩、その「答え」に近づけたような気がする。

 新海監督の次回作にも期待。

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