アバターとメタバースはアイデンティティとプライバシーを救うのか?
最近、アイデンティティとメタバースの関係について考えることが多いです。年末の良い機会なので、そのあたりを言葉にしてみたいと思います(ラジオ原稿に手を入れたので、長めです。ご容赦ください)
参考&推薦図書/note
・図書「メタバース進化論」(バーチャル美少女ねむ) https://www.amazon.co.jp/dp/4297127555
・崎村夏彦「アイデンティティをやっているなら読むべき本〜『メタバース進化論――仮想現実の荒野に芽吹く「解放」と「創造」の新世界』」https://www.sakimura.org/2024/04/5762/
2025.1.19追記)ラジオでお話したものがYouTubeで公開されました。メタバース、アバターまでは話しきれませんでした
https://youtu.be/_XeuMbiRbJ0?si=NkJVestbB3_vrRFz 「アイデンティティとプライバシー」
これはIdentityシリーズの2回目です。1回目がこちらhttps://youtu.be/QC6zRnYsnD0?si=KeZz5NLZ6I2CPgpW 「個人情報保護とは?」
みなさん、アイデンティティという言葉を聞くことはありませんか? アイデンティティはある人に関する情報を集めた物です。
企業が管理しているアイデンティティは、社員やお客さん等の社員番号、名前、生年月日、メールアドレス、IDとパスワード、給料振り込み銀行口座番号などの情報を集めたものです。こういった人に関する情報を「属性」と呼びます。属性という言葉もときどき聞かないですか? SNSなんかで「私の属性は、猫好き、アイドルオタク、カフェ巡り」とか「このイベントはアニメ属性が強いね」なんて使ったりします。このように名前、住所、趣味、性格、話したこと等、人やものにかかわる様々な情報をすべて属性と呼びます。先ほどアイデンティティは個人情報を集めたものとお伝えしましたが、より正確に言うと、アイデンティティはある人に関する属性を集めた物です。
こういった従業員の属性情報は会社で連絡、健康管理、お客さんへの製品のお勧めなどに使います。属性情報が間違っているとお給料振込や、請求先の銀行口座を間違えたり、連絡がほかのひとにいっちゃったり、経営者しか見ちゃいけない決算の情報をアルバイトの方が見てしまったりします。なので、アイデンティティを作って、その人の属性情報を正しくすることが大事です。
ここまでは主にコンピュータを使ったアイデンティティの話ですが、アイデンティティはコンピュータだけで使われるものではありません。
日常的にもアイデンティティということばを使います。これについては色々な説明があり(ぜひ辞書を引いてみてください)「自分がどういう人間であるか」、「場所や時間が変わっても、自分が自分であること」とか、「人と異なった自分の特徴」等と説明される場合があります。
先ほどアイデンティティは属性の集合、たくさんの属性のかたまりだとお伝えしました。属性の中には、名前や住所、クレジットカード番号のように文字にしてコンピュータに記録しやすいものもありますが、性格、行動、これまでに何をやってきたか、何を大切にしているか、考え方、価値観のように、文字にしにくいものもふくまれているのです。
例えば、私が所属しているNTTデータのアイデンティティ(上記の中の「人と違った自分の特徴」に近いですね)の一つである企業理念は「より豊かで調和のとれた社会の実現に貢献する」というもので、とても気に入っています。豊かというのは、たくさんのかっこいい高層ビルがある、高速道路がある、おいしいお店がたくさんある、色々なサービスが受けられる、映画、本、スポーツ等たくさんのレジャー施設があるという感じです。ですが、そのために山をガンガン切り開く、海を埋めたてる、もともと住んでいた人を追い出す、これは調和がとれているとは思えないです。最近スーパーやコンビニでセルフレジが増えてきましたね。なれている人はスピーディに会計ができます。できる人にとってはすごく便利なのですが、うまくできなくて困っている人もたくさんいます。これも調和がとれている状態ではないです。
既にあるものを大切にしつつ、進歩についていけない人も置いてきぼりにしない、これが調和がとれた状態という意味かと思いますし、大事なことですので、この企業理念は大好きです。
ちょっと話がずれました。
そして、私が一番しっくりしている一般的なアイデンティティの説明は、まず、私たちが私自身をどういう人間だ、どういう性格をして、どういう価値観をもっていて、どういう行動をすると考えている、もしくはどうありたいと考えているかという内面的なものがまずあり、それが他人や社会、友達、同僚、ご近所さんから認められているという人との関係、つまり内面的なものと、人との関係のふたつで成り立っているというものです。(このあたりはねむさんの書籍をぜひお読みください)私は自分のことを「ITの専門家で、むずかしいことを分かりやすく話すのが得意だ」と思っているのですが、他の方から「山田さんの話って分かりやすいですね」と言われるとすごく嬉しいです。これって自分が考える自分の認識と他者の認識があっている、アイデンティティが確立している状態だと思います。
逆に、自分が思っている自分の姿が人に受け入れられていない状態もあります。自分は気さくな人間で、普段から明るくふるまっているつもりなのに、他の方から「あの人、いつもぶすーっとしているな」と思われたり、会社において管理職になり、決断力があり、グループを引っ張る人間であろうとしているのに、実際はそうふるまうことが必ずしもうまくできず、周りからも「あの人リーダーシップが足りないよな」と思われてしまうとかってありそうです。これって生きづらい状態だと思うんです。このようにアイデンティティが確立していないというのは人間関係の大きな悩みの一つにありそうです。
次はプライバシーについてのお話しです。プライバシーと聞くとどういうイメージをもたれますか?多分「自分が人に知られたくないことを秘密にしておくこと」というイメージがあるんじゃないかと思います。
プライバシーとは何かについても議論が続いていますが、プライバシーは憲法が保障する基本的人権で、人が一人の人として確立するために必要なものとされています。そして、個人情報保護法をはじめとして、様々な法律の組み合わせにより守られるものと言われています
プライバシー権の一つは人から干渉されずに「一人にしておいてもらう権利」です。これは、自由な場所に住む権利と、そこに他人に無断で入られない権利として保護されています。これを破ると住居侵入罪になります。また憲法が保障する「内心の自由」というのもあります。どんな悪いことも非人道的なことも考えるだけであれば自由であるというものです。でも、今は具体的な法律にはなってません。なぜでしょう?今は人の頭の中をのぞく方法がないからです。でも、いずれコンピューターで脳波を計測する技術が出てきたら、それを禁止する法律ができるでしょうね。
そして、「手紙や電話、ネットを含む個人的なやり取りを盗聴されたり、検閲されない」権利は郵便法の中で検閲が禁止されていたり、電気通信事業法の中でも通信の秘密を侵してはならないとされています。
このようにプライバシー保護は様々な法律の組み合わせで守られています。
そして個人情報保護法もプライバシーを保護する上で重要な法律です。「信じている宗教、かかっている病気、過去におかした犯罪」のように「人に知られたくないことを勝手に公開されない権利」等も含まれます。そういった隠しておきたいもの、人に知られたくないことを隠すことというのはプライバシーの重要な一部です。これらは個人情報保護法によって、病院、自治体、宗教法人など限られた組織で厳格に管理することになっています。
こういった権利が守られていない状態(考えたことが人に知られてしまう、友達とのメッセージが政府に検閲されている、自分の住居が守られないなど)では、人の人格形成がしっかりできるとは思えないですね。
さらに、人に知られたくないのはこれらの隠しておきたい情報だけではありません。すでに公開した、普通に人に伝えている情報であってもプライバシーの観点からは守られるべき情報があります。
先ほどのアイデンティティにもどりますが、アイデンティティは自分が自分をどう思っているかと、それが人に受け入れられていることの組み合わせというお話しをしました。そして、このアイデンティティも時と場所、人間関係によって異なります。
例えば、会社員としての自分と、家庭における自分、コミュニティにおける自分って違いますよね。取る行動も違うでしょうし、話す内容も違います。会社の中であっても、上司としての自分、同僚としての自分、部下としての自分はそれぞれ違うんじゃないかと思います。
このように、時と場所、人間関係によって人が異なる行動をとることを、分かれている人と書いて分人と呼んだり、英語でペルソナ(仮面)と呼んだりします。
私たちは時と場所、相手によって異なる分人、ペルソナを持ち(異なる仮面をつける)、それを相手に認識してもらうために様々な話や表情をだしたり、行動をしたりします。会社では決断力と行動力のある上司としてのアイデンティティを確立するための行動をしますし、家庭では優しくて包容力がある親のアイデンティティを作るために子供が言うことをよく聞き、理解し、アドバイスをするような行動をとるわけです。こうして、周りの人が「あの人はこういう人だ」と持ってもらえるのです。これは一見すると一人の人間として一貫性がないように見えるのですが、分人、ペルソナという考え方では当然のことです。こういった分人、ペルソナの集合が一人の人である、という考え方です。
人は時と場所、相手によって様々な分人/ペルソナとして異なった行動や話しをすることで、様々な場所、役割に応じたアイデンティティができるわけです。
私たちはこの分人/ペルソナを自ら選んで作る場合もありますし、社会や企業、家庭などから期待されて作る場合もあります。「長男なんだからしっかりしろ」とか「女の子なんだから」とか、「管理職なんだから…」といったものはみな期待されているペルソナ、分人ですね。
こういった特定の分人/ペルソナにおけるアイデンティティを確立するために行った行動や話した内容を、別のところで共有されてしまうとアイデンティティ確立のための努力が無駄になってしまいます。テレビアニメのサザエさんでは時々街角で「あそこのご主人、普段はにこにこしていて優しそうだけど、会社ではとても厳しいんですって」といった井戸端話をしています。これは人が分人/ペルソナのアイデンティティを作ろうとする努力を台無しにしてしまいますし、プライバシー侵害の一種ということになります。これは個人情報保護法が定めている、「収集した個人情報は、目的以外に使ってはいけない」につながるわけです。
隠したい情報だけでなく、人前で堂々と行われること、話すことだとしても、それが時や場所、人間関係を超えてやり取りされてしまうと、プライバシー侵害になりうるということです。
このように、プライバシーが確保されることで、人は様々な思索をし、人と交流を行い、間違え、それを反省することで成長し、アイデンティティを確立し、一人の人間として成長していくのでしょう。
ここで、メタバース、アバターに話が移ります。
アイデンティティは様々な場面でいろいろな行為(話をする、実際に行動をする)により、自ら作りあげるもの、という話をしましたけれど、それができないものあります。例えば容姿、身体能力、障害の有無、声等です。これらは生まれついて与えられてしまい、人が自ら作ったり、変えたりすることは難しいものです。(最近整形手術も増えてるようですが…)
ですが、メタバースやアバターではそれを変えることができます。実世界や物理的には男性でもメタバースではかわいい女の子のアバターをまとい、ボイスチェンジャーでかわいい声で話すことも可能です。これにより、人は自らが作り出したいアイデンティティをすべて作り出すことが可能となるかもしれません。(実際は性格、話す内容など難しい点があるのは前述のとおりですが)これはメタバースの大きな可能性だと信じています。
サザエさんの例のように、人が分人/ペルソナを使い分けていても、変えることができない属性(外見)により、複数の分人/ペルソナが意図せず紐づけされてしまい、その結果プライバシー侵害を受けるということがあります。これもメタバースでは異なるアバターを使い分けることで、完全に異なる分人/ペルソナを作り出すことができますので、プライバシー侵害をうける確率を減らすこともできます。
このようにメタバースはアイデンティティの観点からも大きな可能性を持っています。それが理解され、正しく使われるためには、メタバースの健全な成長が必要不可欠です。匿名でいられる権利、複数のアバターが名寄せされない権利などは私たちが守らなくてはいけないものでしょう。
一方、メタバースが成長し、その中でのものの販売、支払、送金などの経済活動、デジタルデータの売買(実際はまだ法整備ができていないので、デジタルデータの所有権というものはないのですが)、利用権のやりとりなど権利に関わる活動が頻繁に行われたり、メタバースの中でのいやがらせ、犯罪行為などが行われ、その追跡、捜査が必要になると(事実、メタバース内での出会い行為は看過できない状態になっているようです)、メタバース参加時に確実な身元確認をするべきだという声が高まるのは想像に難くありません。
そういった違法行為をふせぎ、社会規範を守りつつ、正しいアイデンティティの形成に寄与する場所にメタバースがなるために、私たちができることを考え、実行していきたいなと思っています。
今話題のVC(Verifiable Credential)により、不必要な情報を開示せずに自らが反社会勢力でないことを証明する、事業実態がある法人であることを証明する、成人であることを証明した上で、アダルトコンテンツを参照する(今使われている「あなたは18歳以上ですか?」に、牽制以上の効果がないことは簡単におわかりいただけるかと思います)、別の独立した事業者に自らの身元を明かしたうえで、メタバース上では匿名の状態での活動を可能とし、犯罪の恐れがある場合のみ、その事業者へ照会を可能とする、NTTデータが取り組んでいる電子現金の活用により、身元を明かさずに支払いを可能とする(でも、犯罪行為などは追跡可能とする)などの技術活用もこれらを実現するために有用な手段ではないかと思っています。
皆様良いクリスマスと年末年始をお迎えください。