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大好きな絵本「みえるとか みえないとか」

対象:パパ、ママ、その他
まとめ:子供に多様性への理解を伝える以上、自分が多様性に対して、理解をしていないといけないなぁ。

私は大好きな絵本があります。大人気のヨシタケシンスケさんの「みえるとか みえないとか」です。

ヨシタケシンスケさんの著作は、それぞれ面白く、深く、気づきがたくさんあって好きなのですが、この本は殊更に素敵だなと思います。

内容は、主人公の男の子が宇宙の別の星を旅しながら、後ろに目があるひと、体が柔らかいひと、飛べるひとなどと出会い、さらに「目がみえないひと」とも出会うことで、「それぞれ感じ方が違うこと」「その感じ方が違うことを面白がっていこう」としていく内容です。

よく「多様性」という言葉を目にし、耳にしますが、なかなかその多様性を尊重していくというのは簡単ではないと感じます。

この本を読む前に、私は「みえるとか みえないとか」が生まれるに至った、一冊の本を読んでいました。

ヨシタケシンスケさんは、この「目の見えない人は世界をどう見ているか」を読んで、著者の伊藤亜紗さんに相談しながら、「みえるとか みえないとか」を描いたと書いてありました。

この本の内容は大変面白いものばかりで、ハッと気づかされるものばかりした。

例えば、健常者が盲者に対して、サポートするという関係になることで、その関係性が固定される。といったような記載があります。

なるほど、確かに盲者は、健常者よりも劣っている。(目が見えた方がいいのに、見えない)という価値観で思考停止し、見えていない人を「助けよう」というマインドセットに、知らず知らずのうちになってしまっているなぁと感じるのです。

さらに、目が見えない人の中には、「音優勢の人」「香り優勢の人」「肌の感覚優勢の人(風や温度、湿度、傾きや狭さなど)」など多様な感じ方が存在するようで、見えないから「手で触って認識するんでしょ?」というのも画一ではないようです。

そう考えると、見えていない人に対して「見えている我々の見え方を共有しよう」という考え方自体が、もしかしたら「見えている我々健常者の見え方がわかった方が良いはずである」という傲慢が隠れてしまっているかもしれないなぁと思うのです。

少なくとも、私自身がそういう価値観を全く否定することは、難しいだろうなと感じます。

多様性の尊重という言葉は、実践するためにはそもそも、多様であることを受け入れると共に、「自分はどう見えているのか」をメタ認知することも大切なのではないかと思います。

自分自身を知る。他人との違いに気づく。それぞれそんなに簡単ではないですが、子どもと一緒に多様性への受容度を高め、多様な価値観が溢れる社会を、一緒に過ごしていきたいなと思っています。

そういうために、「みえるとか みえないとか」は素敵な本だし、そもそもの「目の見えない人は世界をどう見ているか」も子どもと一緒に読んで、自分も含めて、いろんな人がいて、いろんな考え方があって、いろんな体の特徴があって、それぞれ、良い悪いではなく、「そうであること」をそのまま理解受け入れられるような子供に育てていきたいなと感じました。

もし、素敵な絵本とかがあれば、ぜひ教えてください!

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