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見えない猫と暮らした日々~ずうっとぼくは、猫が大嫌いでした。
小学校低学年の頃、最大の問題といえば、
「かぎられたお小遣いで今日はどのおやつを買うか」
ということ。
そんなHachi少年がある日、
団地の踊り場で、串にささったイカを頬張ろうとしていたとき感じた鋭い視線。
見下ろすとそこには、鋭敏な目で見上げる一匹の猫。
気づいた時にはもう遅く、ぼくの手にしたイカの串(甘辛いやつね)めがけてその猫はあっという間に飛び掛かってきました。
小学生の手から獲物を奪うなど、彼らには大した仕事ではなく、あっさりとおやつを奪われました。
めちゃくちゃ美味そうにイカを食らう猫。
ひとくちも食べれずにぼくはにらみ続けました・・・
以来、猫は大嫌いな動物になりました。
・・・
時を経て大人になり、サラリーマンをやめ、アーティストとして新しい人生を踏み出し、そこから紆余曲折を経た頃、ぼくのアトリエにある異変が起こりました。
2階の住居エリアに
「この世のものではないもの」
が居つくようになりました。
それは、のちに特殊な力を持った友人に聞かされた事実ですが、当時のぼくは荒んでおり、掃除もいっさいせず、酒に溺れる日々で、自分がなにか良くないものを引き寄せており、なにかに取り憑かれているという時期でした。
自覚すらありませんでした。
あとあと、その頃の自分の写真を見ると、別人のような顔をしていると気づいたり、ありえない出来事がいくつも起こっていたのですが、とにかく誰かに指摘されるまで、「なにも起きていない」と信じて疑いもしない日々でした。
寝室では毎夜、不可思議なことが起こる中、友人が「除霊」をおこなってくれました。
そして、最も「危険な水準に達している」と彼が告げた寝室とは別の部屋に入ったとき、彼の顔つきは穏やかになりました。
「はっちゃん、音聞こえる?」
ぼくには何も聞こえませんでしたが、彼はカーテンのほうを指さしてこう言いました。
「猫がいる」
もちろんぼくにはな~んにも見えません。
彼が言うには、腹ペコでのたれ死んだ猫とのことでした。
どこかでぼくを見つけてついてきて、そのままその部屋に居座っていたそうです。
「悪い子じゃない。この子がここにいたおかげで、邪悪なものの力を抑えてくれていたんだと思う」
ぼくはなんだか気の毒に思え、見えもしない猫の存在を急に身近なものに感じられました。
「でも」と彼は続ける。「もう、役目はないから、部屋から出しておくね」
ぼくにはいっさい「そのような力」はなく、いまだに何も見えないのですし、これまで動物を飼ったこともないのですがそれは「見えない猫と暮らした日々の最後の日」なのでした。