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くまんばち

 最近、自分の夢がクマンバチの意識と繋がってもうたみたい。夜寝たら絶対おんなじ夢見る。暗い、穴ぼこのいっぱいあるところにおって、自分の姿はどんなんかわからへんけど、まわりにクマンバチがうじゃうじゃおるねん。まわりが全部クマンバチなんやから、そら自分もクマンバチなんやろな。
 しばらく巣の中でおってから、外に飛んで行くと、あたり木いとか草とか生えてて、森の中みたい。どこに行ったらええんかっていうのは、考えんでもはっきりわかる。だって吹いてる風の中に、獲物がよくいる葉っぱの匂いとか、傷口からにじんでる体液の匂いとか、そういうのが小さい粒になってさらさらさらさら流れてくるから。川の流れを追っていくみたいにして飛んでったら食べもんのあるところにたどり着く。
 どこに着くかは日によって違う。例えば、死んで落ちたバッタの死骸やったりする。抱き枕みたいにでっかいぷりっぷりの芋虫やったりする。それを両肢で掴んで、重たい重たい思いながらまた飛んで帰る時、めちゃくちゃ気分があがってて嬉しい。それを持って帰って仲間のクマンバチに渡すと、そいつがくちゃくちゃ肉を噛んで、手際よく奥にいるチビどもに食べさせる。チビどもはいっちょまえにちっちゃいアゴ開いたり閉じたりして一生懸命肉の玉にむしゃぶりつく。それを見るのもまた嬉しい。
 朝起きたら夜練のあとみたいにぐったり疲れてる。学校行くのだるいけど、行かへんともっとだるいことになるのわかってるから、学校行く。なるべくぎりぎりに行く。朝練してるあいつらのそば通るの、気まずい。後輩とかもおれと顔合わしてどういう反応したらいいか困ってまうやろし。授業は適当に寝て過ごして、休み時間にクラスのやつとだべって、月水金は帰りに百均でアルバイトして帰る。バイトは部活やめてから始めた。野球以外に何やっていいんかわかれへんから。店の中はがんがんにクーラーきいてて涼しさで気い狂いそうになる。もう吐くまで走らんでいいし、風呂入ってもどこも痛まんし、坊主頭にせんでいい。でも最近はバイトいつやめようかそればっかり考えてる。だって夜また寝たらクマンバチになって一日働くんやもんな。バイトで働いて夢の中で働いて、何やねんちゅう話。もう夢見たくないから、寝る前に十キロぐらいランニングしたり、逆に徹夜してみたりしたけどあんまり意味ない。
 とくに誰にも話したことなかったけど、一回クラスのやつと喋ってる時夢の話になった。警察に追われてるうちに気づいたら空飛んでたとか、学校にゾンビが出てゾンビ教頭の後頭部をでかい三角定規でガーン殴ったとか、みんな面白そうな夢見てる。おれも最近夢でクマンバチになってんねんて話したけどまあ受けへんかった。同中やった重田が「クマンバチっていう蜂は存在しないけどね」って言った。なんか、クマバチっていう蜂はおるけどクマンバチではないらしい。どういう見た目か聞かれたから黄色と黒のいかついやつって言ったら「それスズメバチじゃん」やて。別にええやんけ。夢の話やいうねん。
 その日の夜も夢の中でクマンバチになって働いた。でもその日違ったんは例の粒子の空気の流れをたどって飛んで行ったら学校に着いた事やった。学校の体育館の裏手にある駐車場で、でっかい赤茶色の毛の猫が車にひかれて死んでた。ハエどもがもう先に来てた。おれはそいつらをかき分けるようにして、内臓が流れ出てる腹の柔らかい傷口に着陸して、ピンク色の肉を噛みとった。こんだけあったらかなりの量になる。朝になって目が覚めるまでなんべんもなんべんもなんべんも往復した。ずっとひとりでやってたら仲間のクマンバチもついてくるようになって、みんなで力合わせて肉の玉を運んで、その感じがちょっと野球部に似てた。
 次の日気になったからいつもは行かへん体育館裏に回ってみた。なんもなかったけどキョロキョロ見回してたら、掃除のおっちゃんが来て、みーこはねえ、死んでしまったんですよ、って言った。え、何すか、って聞いたら、猫探してるんでしょう、オレンジ色の、しましまの。あの猫はねえ。先週駐車場に入ってきた車にはねられたんですよ。かわいそうで。よう見たら駐車場の隅の白いコンクリの上に黒っぽいシミがあって、血のあとみたいに見えへんこともなかった。
 おっちゃんにあいさつだけして、教室に戻りながら、考えた。ほんならおれのクマンバチは、いうかクマンバチのおれは、ほんまなんやろか。クマンバチのおれが見たもんが、時間差で夢の中に出てくるんやろか。おれアホやからようわからん。わからんけどそのことがあってから、まわりに誰もおらんときにクマンバチ見かけたら手え振ってる。あいつらぜんぶ一緒に見える。でもいつかクマンバチのおれに手え振れるかもしれへんから。

(了)

初出:2020/07/01犬と街灯とラジオ#8 44:45~


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