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こおりおに

 お前にだけ教えたるわ。
 先生にも看護師さんにも言うてへん。言うても入院なごなるだけやもん。学校休めるんやったらええけど、夏休みに入院してたら損した気分なるわ。
 「あとで集合な」って言うたら、どこって言わんでも不知火公園のこと。ここらで一番でかい公園で、ローラーすべり台とバラ園があって、あっちこっちに像が立ってる。噴水もあるしびわの木もある。そこの公園ぜんぶ使って、鬼ごっことかかくれんぼするんがおれらの中で熱かった。鬼ごっこもたか鬼とかこおり鬼とかいろいろ。おれはかくれんぼで鬼すんのめっちゃ得意やけど、鬼ごっこは微妙。遅いねん、走るんが。たか鬼はまあまあええねんけどこおり鬼は最悪。だいたい最初につかまるし、つかまったらかたまらなあかん。ずーっと凍ってる。だれかが触って「お湯」って言うてくれるまでずーっと。かたまってる間ひまやし、じっとしてたら蚊とか寄ってくる。
 ひとり鬼うまいやつおって、前野っていうねんけど、前野最悪やでおれのことおとりに使うねんもん。どっか行ったふりして、だれかがおれに「お湯」ってしにくるとこ狙ってダッシュかけてくる。おとついもそやってん。またこおり鬼やることになった、いややったけどまあしゃあない。じゃんけんで前野が鬼になった。はじめる前に前野がおれの方見てにや、て笑った、うわ、またやられんねやって思った。十数えはじめたからなるべく遠く、みんなが走るんと反対の、公園のはずれの方に走った。やのに前野はおれのこと追ってきた。最初につぶすつもりや。おれ、走って走って、像のうしろに逃げ込んだ。タッチしようとしてきたから像を盾にして右左、右左って前野をよけたんやけど、フェイントかけられて腕にタッチされた。「ああくそ」て言うておれはかたまった。前野は「しゃ」って言ってみんなが逃げた方に走ってってひとり残された。
 めちゃめちゃ日向でめちゃめちゃ暑かった。まわりに避難できそうな陰もあれへんししゃあないしずっと立ってた。セミがじぃじぃじぃじぃじぃって鳴いてた。アブラゼミ、ここらやとわりと珍しい。公園のこのへん、おもろいもんなんもないから来ることあんまなくて、しかも像のうしろなんか絶対来えへんから、公園がいつもと違うように見えた。知らん公園みたいやった。遠くで走り回っとる前野も、ほかのやつらも、なんかテレビの中の人みたい。それにしても暑いな、なんでこんな暑いんやろって思ってよう見たら、日光が像にあたっておれの顔にもろにぶつかってるんやった。おれは像のことよう見た。
 公園にはいろんな像があって、女の像はエロやからじっと見たらあかんけど、その像は男のこどもの像やった。背丈もおれとおなじくらい、歳もたぶんおんなじくらい。にっこり歯見せて笑って髪の毛七三になでつけて、襟のついたシャツきていけすかん感じやった。顔の高さにあげた右腕に鳩が止まっとった。ほんものちゃうで、鳩の像。そのところどころ赤っぽい黒い身体に陽が跳ねかえってまぶしかった。首だけひねってのぞきこんだら、足元の黒いツヤツヤした石に<語らい>って書いてあった。なにが語らいやねん。像やんけ。しゃべるわけあるかい。
 かたまったおれと像のそいつで並んでしばらく立ってた。誰もこっち来えへんかった。だんだん、おれが像で、そいつがこおり鬼でつかまってるような気がしてきた。アホみたいなにやけ顔やけどこいつどんな気持ちなんやろ。こんなとこ誰も来えへん。ベンチと街灯しかないこんなとこには。日が暮れて街灯にぽつんと照らされてるとこを想像した。おれやったらいやや。鳩とふたりでずっとおるの。
 セミが鳴きやんだ。こおり鬼やったら毎回いっつもこんなんや。かたまってる時間ばっかり長くて、だれかがこおり解いてくれるの待ってる。「お湯」って、おれは人にいっぺんも言えたことがない。像の、そいつの肩にさわったら、やけどしそうなくらい熱くて、思ったよりぶあつい感じがした。向こうのあいつらにはずっと遠くて聞こえるわけなかったけど、絶対誰にも聞こえへん声で、おれは言った。
 ばたばたばたって音がして、鳩が飛んでいくんやと思ったけど違かった。帽子かぶった男の人が「大丈夫か、大丈夫、大丈夫か」ってなんべんも肩をたたいてた。びっくりして目え開いたらまわりに大人が大勢おってなんやらしゃべってた。前野がべそかいて泣いてた。それからなんやいろいろ聞かれて、せっかく救急車乗ったのに中見るひまなかった。惜しいことした。熱中症で倒れたんやって医者に言われた。
 でもおれ知ってんねん。熱中症とちゃう。つきとばされた。びっくりするくらい、こわい顔したあいつに。鬼みたいな顔したあいつに。
 なあ、お前やから話したんやで。他のやつらは口軽くてあかん。お前やったらぜったい誰にもしゃべらへんやろ。なあ、退院したら、一緒にあの公園行ってほしい。たのむわ。

(了)

初出:2020/07/16 犬と街灯とラジオ#10 54:40~


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