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うらぶれて

 ボンタンアメってありますよね。ボンタンアメ。紙の箱に入ってて、オレンジ色のきれいな四角がいっぱい詰まってる。自分では買ったことないけど、おばあちゃん家に遊びに行くとよく置いてあります。歯にくっつくからあんまり好きじゃないかな。で、あれって透明なフィルムみたいなもので包んであるでしょう。あれに似ています。
 それから小さい時、『長い長いお医者さんの話』ていう本が大好きだったんですけど、それに小さな妖精の骨折を治すお医者さんが出てくるんです。妖精はすごく繊細で、どんなにそうっと触っても泣くので、特別な治療の道具が必要で、お医者さんは薄いとんぼの羽根を、さらに二枚にはがして、添え木にしてあげるんです。それにも似ています。
 やり方は簡単です。なにかこれは覚えておきたい、ずっと覚えておきたいっていう気持ちになった時、その場で胸に手をあてます。そして息を吸って、息を止めて、手をやさしく握って、ぺりぺりぺりって、はがします。それだけ。はがしたらそこに置いてきたらいいんですもん。べつにオカルトじゃないです。儀式みたいなもんです。みんなするでしょう、マジックで落書きしたり、彫刻刀で彫ったり、南京錠ぶらさげたり。一緒ですよ。ひとりでできるし、何も汚さないし傷つけないようなやり方を自分で考えただけのことです。小学生の頃からやってます。
 でも効き目はけっこうありますよ。街を歩いていて、前にはがしたところのある場所にくると、薄くて半透明な自分がゆらっと立ってるのが見えることがあります。見えるって言うと変か。感じる、ていうか、再生される。ヴァージン・シネマズって映画館行ったことありますか? ほら、向こうの方に赤い看板見えるでしょ。わたし、あそこにいますよ。10番スクリーン。一年生の時友達と『イングロリアス・バスターズ』観て、おもしろかったけどけっこうグロかったです。終わったあと座席に焼き付けられたみたいになっちゃって、だからはがして置いてきました。今でも映画館行くと、その時の感じ思い出します。近くの席でおばさんが居眠りしてたこととか。ポップコーン、みんなキャラメルでわたしだけ塩バターやったこととか。
 そういう感じで、街のあっちこっちにはがして置いてあります。生まれた時からこの街なんで、歩いてたらふっと見えます、再生されます。あ、あそこのゲーセンにいるのは親友に絶交された時のやな、お母さんとふたりでこっそりサイゼに行ってパフェ食べた時のやな、公園にいるのはヒヨコのお墓つくった時のやな、みたいに。
 ああでも、ずっとは残されへんみたいです。ときどき飛ばされていくのが、この屋上から見てると見えます。ふわーって、コンビニのビニール袋みたいに舞い上がって、くるくるまわって、最後はだいたい山の方に飛んでいきます。そうすると、その場所に行ってももうだめです。思い出すことはできますよ、もちろん。でも目の前でフィルムが再生されるみたいな、昔の時間に抱きつかれるみたいな、あの感じはもうなくなってしまいます。きっと古いやつからそうなるんでしょうね。よっぽどうまくはがせたんでない限り、みんないつかはそうなるんでしょうね。
 どこに行くんやろう。
 いっぱいしゃべって疲れました。誰かにこんなに話聞いてもらうのはじめてやからね。うん、わたしは卒業式の時のやつです。薄情やね、結局はがされて、はがされたまんまや。一回も見にこおへん。あ、でもしゃあないか、卒業生が屋上まで上がってこられへんか。
 よかったらちょっとはがしてみてもらえないですか、今ここで。そしたらもし次にここ来たとき、再生されるはずですから。それに話し相手がいたらわたしもうれしいし。
 いいですか? 行きますよ。いち、にい、さん。


(了)

初出:2020/05/27犬と街灯とラジオ#3 8:35~


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