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きりおとし

 ヤモリ飼いはじめてん。ヤモリいうか、厳密にはヤモリのしっぽ。本体がないから地味やけどなかなかかわいい。名前はテイルちゃん。安直かな? 
 こないだ夜遅く、会社の送別会から帰ったらヤモリがおった。それ自体はようあることで、台所仕事なんかしてると窓ガラスの向こう側にへばりついて、灯りに寄ってきた羽虫や蛾なんかをぱくぱく食べてる。ただその日ちょっと珍しかったんは、玄関の扉のすぐ横の壁におったこと。それでまあ狩猟本能がうずいたいうか、子どもの頃ようやってたみたいに手でぱっと押さえた。したら、ヤモリも大したもんよなあ、捕まえたと思った瞬間にジャンプして床にぺたっと落ちて、サササッと走って消えてもうた。ぜったい捕まえたと思ったのに。手え開いて見てみたら、ほそいしっぽだけ残ってた。うねうねくにくに、暴れてた。傷口からほんのちょっと血がにじんで手のひらが汚れた。しっぽ切りってやつや。すごいよなあ、ヤモリ。ようできてる。ちょっと遊びのつもりやったから、なんか悪いことしたなあって、そのままほかすのもなあって、しっぽ持ったまま家に入った。まだ元気に動いてるねんもん、ごみ箱に捨てるのも気い悪いやんか。洗ってあったプリンのカップがあったからそれに入れて、手え洗って、酔いざましにトマトジュース飲みながら、しばらく動くの眺めてた。そやけどぜんぜん動きがやまへんもんやから、だんだんねむなってきて、風呂にも入らんと寝てもうた。
 朝起きてプリンカップ見たら、しっぽはもう動いてなかった。そらそうよな。動くの止まるとこ見られへんかったなあって、とりあえず風呂入って、さすがに庭にでも埋めるかと思ってもっぺんカップ見たら、さっきとなんか違うねん。さっきはひらがなの「し」みたいやったのに、ひらがなの「へ」みたいになってる。ほんでカップの中にちっちゃい羽虫が死んでる。わたし「え、生きてんの?」って思わず話しかけた。ほんならしっぽがぴくっと動いた!
 不思議なこともあるもんや。それからいろいろ試してみた。しっぽのそばで死んでた羽虫は、よう見るとお腹がしぼんでた。それで庭の蛾やらバッタの赤ちゃんやら捕まえてきて、翅とか肢をもいでやってみたら、しっぽは目えがあるみたいにのたうって虫に近づいて、しっぽが切れて肉が露出した部分で虫の腹に噛みついて吸い始めた。はあ、傷口が口になったいうわけか。しばらくしたらぺちゃんこになった虫をぺっと放りだして、機嫌よさそうに首? でええんかな? 首もたげてゆらゆらゆれた。指出したらちっちゃい体でくるんと巻きついてこようとして、しっとりしててふにふにでかわいかった。エサやる前にこまめに声かけてたら話しかけるだけで踊り狂うようになって、そうなると当然情も湧いてくる。もともとそういうもんが好きなんよね、カステラの切り落としパックとか、パンの耳とかさ。いじましいっていうか、ものがなしいっていうか、哀れさ込みでかわいいやん。これはもう名前がいるなと思って、しっぽちゃんとかおっぽちゃんとかいろいろ話しかけたら、テイルちゃんが一番反応よかったから、テイルちゃんにした。ほそっこいし、色もうすい灰色でなんか地味やし、名前くらいかわいいのがええよな。
 無職になったばっかで時間だけはあったから、虫かごとかピンセットとか道具もいろいろ買いそろえてみた。いうても100均やけどな、お金ないし。いちばん大変やったんはやっぱりエサの確保やな。肉の切れ端とかはだめで、生きてなあかんくて、夏の間はカナブンとかバッタとかセミがおるからよかってんけど、秋になったら虫って一気に減るやんか。ミルワームとかネズミみたいな生き餌は高くて買うてられへんし、どんどん大きなって食べる量も増えるし。こっちがさ、カップ麺とか半額弁当でしのいでんねやからさ。ほんまによう食べるねん。最初はゲソの切れっ端くらいの大きさやったのに、あっという間に芋虫みたいになって、オクラくらいになって、今はそうやなあ、イタチくらいかなあ。でも最近エサには困らんくなったよ。なるべくでっかい方がいいわけや、ほんで生きてなあかんわけや。な。前からしっぽってちょっとほしかったし、いざという時身代わりになって助けてくれるかもやし、お互い持ちつ持たれつや。な。慣れたらそんなに痛くもないよ。見たいんやったら、今からうちおいで。見せてあげるわ。

(了)

初出:2020/06/24犬と街灯とラジオ#7 51:35


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