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いんどあは

 これはえらい昔の話やから、あんたらにもわかりやすいように言葉をええように言いかえて話すけどごめんな。おれんとこの村はだいたい三つに分かれてて、おれんとこは六人で住んでる。ちょっと歩いたとこに七人住んでて、そこからだいぶ離れるけど川の近くに五人住んでる。それがおれんとこの村。
 今言うたのの二番めの、七人住んでるとこにケラっていう男がおって、おれと仲がよかった。みんなでどんぐり拾ったり、山に入って草とったり鳥とったり、そういう時ケラは絶対おれのそばに来て、一緒に働く。基本気むずかしいところのあるやつで、けんかっ早くて、とくに川むこうのやつらとは仲がわるかった。でもおれとはなんでか知らんけどうまくいった。歳が近かったのもあるかもしれん。あとはおかんは違うかったけど、おとんが一緒やったから、それもあった。
 どっちにしてもおれはケラと働くのけっこう好きやった。ふたりで遊びにいくのもようやった。ケラはあんましゃべらんくせしてすぐかんしゃく起こして面倒くさいけど、用もなく山をふたりで歩いてる時はよう笑った。それにちょっと油断すると崖から突き落としてきたり、毒虫を投げてきたりしておもろいやつやった。
 ある時なんか、おれのだいじな小刀を急に腰からむしりとって、川の深いとこにどぼんと投げたからおれはめちゃくちゃ怒った。絶対殴ったると思いながら水に飛びこんで、何回も息継ぎしながらようやっと小刀を見つけて、ずっしり冷たく重たくなった体を陽いであったまった大岩に寝かした。ほんでぜえぜえ言いながらあたりを見回したんやけど、あいつの姿が見えへん。どういうことや、と思いながら飲んでもうた水を岩に吐き出したら、岩の色がぱっときれいな深緑に変わって、落ちたしぶきがあたりに飛びちった。「つめたっ」っていう声がした。びっくりして大岩の下のぞきこんだらあいつがへらへら笑ってた。「おいケラ、おまえどういうつもりやねん」ておれが言ったら、「岩になっとったのにおまえ邪魔すんなよ」言うてなんでかあっちがキレてきた。「岩になるてなんや」と聞いても「あるやろ、岩になりたなる時ぐらい」って涼しい顔や。十発くらい殴ったろと思ってたのに、そのせいで二発しか殴られへんかった。
 そういう調子やったから、ケラが川むこうのおっさんをとうとうやってもうたと聞いた時は、まさかあいつがとも思ったし、あいつならやりかねんとも思ったし、どうとも言いようのない気持ちやった。まあおっさんはよそまで乗りこんできて、せっかく干した茸に水かけたり、やたらに娘や子どもしばいたりするおっさんで、おれも蹴りとばされたことあるから別になんとも思わへん。そやけどケラはそのせいで村には住まれへんことになった。これはあんたらに伝わるかわからんけど、ものすごいえらいことや。ケラはやっぱりいつもみたいに平気な顔して、使ってない狩り用のほら穴に道具を持ちこんでひとりで暮らしはじめた。なんでもひとりでやるのは大変や。おれは山に用があるふりして時々のぞきにいくようになった。
 「今からでもええから戻ってこい」とおれが言うたら「おれはこっちの方が暮らしやすいんや」とケラは言うた。なんぼなんでもこんな冷たい岩のすき間で暮らされへんと思ったけど、ケラは楽しそうに木いのかけらをいろいろに並べてなんかやっとる。こんな楽しそうなケラ見たことない。そやけどおれはいやな気持ちになった。またしばらくたったある日、おれはケラのおかんからほんまの話を聞いた。それでそのままほら穴へ行って、「おまえがおっさんをやったいうのは、おっさんがおまえんとこに投げこんだマムシをおまえが投げ返しただけやいうやないか。みんな言わへんだけでおまえのこと待っとる。戻ってこい」と言うた。ほんならあいつ「おれは戻らん」とこれや。めちゃくちゃ腹たって、おれはケラが並べてつなげてる木いのかけらをむちゃくちゃ踏み荒らした。あいつは、こわい顔でおれのこと見た。おれもこわくなって、そのままケラをほって帰った。
 ほんでも悪いことしたと思って、また何日かして行ってみたら、あいつは懲りもせんと例の木いのかけらを並べて、蔓でしばってる。「なあ、それなんなんや」っておれは言うた。「おれ、もうなんもかんもいやになったから、住んでるとこの入り口をきれいにフタするようなもんを作ってるんや」とケラは手を止めずに言うた。「住んでるとこの入り口をきれいにフタするようなもんなんか、なんでいるねん」と言うと、「いろんなもんが入ってくるからや」とだけ答えてあとはだんまりになった。しゃあないからおれは近くの切り株に座ってずっとケラが働くのを眺めてた。日いも暮れかけたころ、ケラは突然にっこり笑って、「できた」ってそれを持って立ちあがった。「それが、住んでるとこの入り口をきれいにフタするもんか?」「そうや」ってケラは言った。それを持ったままケラがほら穴にケツから入っていくと、ほら穴の口がぴったりそれでふさがってしまった。おれはびっくりして「おい、ケラ。ようできてるなあ」と言った。「そうやろ」とくぐもった声が答えた。「なあ、中、どんな感じなんや。おれも入れてくれ」とおれは言った。ケラがずっと遠いところに行ってしまったようやった。「おまえはおれの住んでるとこの入り口をきれいにフタするもんを馬鹿にしたやろ」とケラが言うので、「わるかった、住んでるとこの入り口をきれいにフタするもんのこと、おれ今までわかってなかったんや」とおれは言った。ちょっと泣きそうやった。「なあ、ケラ、おれら仲ええやんか。おれとおまえみたいなやつ、なんていうんか知らんけど、ずっと一緒に遊んだり働いたりしたやん、おとんも一緒やん。なあ、開けてや」と言いながら、おれは木いを叩きつづけた。

(了)

初出:2020/05/20 犬と街灯 - gallery+本とかのお店ツイキャス(40:20~)


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