【ホラー短編小説】クラヤミ様
「その蔵に近づいては なんねーだ」
おばば様に幼い頃から言われて育った
私には お母様は居なかった
乳母と おばば様に育てられた
「なぜ私には お母様が居ないの?
どこにいるの?」
と一度だけ尋ねたことがあった
みるみる真っ青に染まる、おばば様の顔 そして小刻みに震える体
「いいか、お前の母は病気で亡くなったんだ!二度と口にするなっ!いいなっ!」
と私の肩をギュっと掴んで怖い表情で言う おばば様に幼いながらに
もう二度と聞くまいと思ったのだった
そんな おばば様も亡くなり
その蔵に出入りするのは、お父様と
[蔵番(くらばん)]と呼ばれる女中が
1人だけだった
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
そう あれは 私が中学1年の夏休みの夜遅くのことだった
暑くて目を覚ました私は、涼もうと窓を開けると
お父様がキョロキョロと辺りを見渡し蔵へと入って行くのが見えた
扉が開いたままだ
私は蔵の中へと入った
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
父:
「クラヤミ様 ……どうです?お気に召しましたか?どうぞ ご堪能ください
………
さあ、クラヤミ様!!更なる繁栄を我が家にもたらせてくださいませ」
お父様の声がする
誰かと喋っているのだろうか?
…ジュルッ…ジュルジュルッ…
バキッ…ボキッ…ベキッ…
奇妙な音が聞こえる
蠢(うごめ)く何かの気配がする
私:
「……お父様…何してるの?!…誰かと話しているの?」
父:
「おっお前!なんで居るんだ!…
それ以上近づくなっ 帰れっ」
よく目を凝らして見ると黒い何かが、一心不乱に何かを食べている
父:
「クラヤミ様、お食事の邪魔をしてすみません…💦」
クラヤミ様と呼ばれるモノは、口元を生々しい血で べっとりと濡らしていた
こちらに気がついたのか振り向こうとした
その途端、手から何かを落とした…
私:
「ヒィっ…
転がったのって…
[蔵番(くらばん)]の お絹さん…の頭…」
綺麗な顔立ちの お絹さんの見る影はなかった…
目を見開き 絶望と恐怖でいっぱいの顔をしていたのだ
父:
「どうか 静まり下さい!!」
???:
「う…る…さい💢」
父:
「こうなったらダメだっ逃げろっ!食われてしまうぞっ」
???:
「ぐがががぁぁ💢💢」
父:
「走れ!何があっても後ろを見るな!いいなっ!」
足は、ぶるぶると震えていて
思うように走れない
ズルズル…
ペタッペタペタペタッ…
長い黒髪を引きずり追いかけてくる音が背後に迫る
蔵が やけに広く扉までが遠く感じる
はぁはぁ…助けて…
このままだと追いつかれるぅ…
バキッボキッ…
私:
「えっ!?何かを食べ…てる?!…」
何がおきてるの!?私の背後で…
もしやっ?!…
後ろを見ようとした瞬間
父:
「何をしている!後ろを見るんじゃない!走れ」
私:
「おっ…お父様…無事だったのですね…
えっ 血がっ…腕がっ…」
父:
「大丈夫だ!大丈夫だから とにかく走れ!」
戸まで もう少しっ
その時だった…
??? :
「オ…マエ…ワレノ…」
私と お父様は息も耐えだえで扉から外に出た
父:
「よし今だっ!扉を閉めるぞっ」
お父様に協力して重い引き扉をひく
??? :
「シノブ…」
ギィィーーガシャン
扉がしまった…
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
私は真相を知るのが怖かった
確かにクラヤミ様と呼ばれるモノは私のことを知っていて私の名を呼んだのだ
まさか…アレが…お母様?!…
違う…違う違うっ!!あんな化け物が
お母様のはずがないっ!!
何度も お父様に尋ねてみようかと思った
だけど やっぱり怖さが先にくる
もしも アレが 私の母親だったとしたら 私は その事実を受け入れ受け止められるだろうか…
人間を食らって生きている化け物を母親と認められるはずがない!!
認めてしまったら 私にも その化け物の血が流れていると認めることになってしまうから…
ギィィ――ガシャン
クラヤミ様と呼ばれる得体の知れないモノの声と重い扉の音は今でも耳に残っている
あの夜の恐怖は 一生 忘れることは出来ないだろう
実家の あの蔵は 今でも敷地の隅に そびえ立っている
あのクラヤミ様と呼ばれる得体の知れないモノは現在も蔵の奥で生きているのだろうか…
[完]