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過激派とか原理主義者とか
先日、イスラム教が関わる悲しいニュースを見たので、それについて考えたことを書きます。
そのニュースの概要は、イスラム教の男性が、授業で預言者ムハンマドの風刺画を使用した教師の首を切り落として殺害したというものです。
詳しくは下のページをご覧ください。
https://www.afpbb.com/articles/-/3310391
このようなニュースのなかでよく使用される、「過激派」や「イスラム原理主義者」という言葉。
うまく説明できるか分かりませんが、誤解がないように2つの違いを考えていきます。
イスラム教が生まれたのは、7世紀。(昔すぎて想像もつきません。)
預言者ムハンマドの時代です。
神様の言葉を聞いたとされる預言者が生きていた時代ですから、この時代が1番、イスラム教の教えが人々の生活の中に忠実に根付いていたはずです。
しかし、そこから何百年も経つ訳ですから、どんな宗教でも、時代の流れに伴って、少しは宗教そのものの姿、人々の生活は変わっていっているはずですね。
その変化を善しとしない、ムハンマドが生きていた時代の姿に戻ろう!とするのが「イスラム原理主義者」です。
言ってみれば、コーランに書いてあることをとにかく忠実に守りたい!と頑張ろうとするイスラム教徒のことですね。
よくイスラム教関連の本などには、「敬虔なるイスラム教徒」などと書かれています。
しかし、その中には、ある政治的な意図を持って、自分達の望む世の中にしたいという、その目的を達成するために、この「イスラム原理主義」を主張し、自分たちの行為を正当化する人達がいます。
これが、「過激派」だと思います。
つまり、彼らはテロや殺人も、コーランに書いてある、ほんの一部を過剰解釈して、「コーランに書いてあるんだから正しいんだ!」と主張しているということですね。
例えば自爆テロに関して言えば、そのテロを起こして自分が死んだ場合は、イスラム教を守るために行った行為なので、そのテロで他の人が亡くなったり、自分で命を絶ったりしたとしても、自分はすぐに天国に行ける!と強く信じているようです。
どんな宗教を信じているとしても、やはりテロ、紛争、戦争などによる殺人は許されないことだと思います。
暴力や武力で解決することなんて何もないですよね。
そして、メディアはこの2つの言葉を特に区別なく使用しているように感じます。
「過激派」のことを指す時も「原理主義者が〜」と取り上げるため、啓典を忠実に守ろうと頑張る人たちも「危険な存在」と誤解されていると思います。
さらに言うと、過激派のニュースばかり目立ち、「イスラム教」または「イスラム教徒」そのものまで怖がられ、誤解されていることも多いのではないのかと思います。
個人的にもこれは本当に悲しいです。
だからと言って、すべてのイスラム教徒は優しくてとってもいい人なんだよ!とはもちろん言い切れません。
人間だから悪い人もいます。
ただ、「イスラム教徒=自分の宗教を守るためなら殺人も厭わない人」と思われるのはとっても悲しいです。
人は、自分の知らないものに対して「怖い」と感じるんだと思います。
次に何が起こるかわからないから、知らない人が自分に何をしてくるかわからないから、怖いんだと思います。
自分の知らないことを勉強したり、実際に自分とは違う考えの人と関わったりしながら、自分で確かめたものを信じていきたいな〜と思いました。
すごく暗い話題だけど、こんなことを考えるのもまた自分の勉強になりました。
明日は明るいニュースがあるといいな〜!
ここまで読んでくださった方、ありがとうございます😌💗
明日からもがんばります。おやすみなさーい!