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日記hibi/ 2018/10/29〜11/4

10月29日(月)
流石に今日は、朝から家にいる。足くじいたので、なるべく今週は家にいます、というメールののち、僕は今日は1日動かないぞ、という決意で家で仕事をしていた。家で仕事をしていると、通勤がない分時間があったりし、食事も家でする分時間があったりもするので、その時間にインターネットを徘徊していた。たいへん残念なお知らせとしては、今年のドジャースの挑戦は終わった。二年連続でワールドシリーズで負けるというのもそこそこつらいものがあるし、期待値はとても高かったので、残念さがすごいことになっている。中日ドラゴンズが不調のときはドジャースが強く、ドジャースが不調のときはドラゴンズが強い印象があるが、しかして、どうにも頂点に届かないまま今年の野球は、僕にとっては終わった。
落胆……というテンションであったので、空き時間にアニメでも見ようかと思い巡回したところ、「SSSSグリッドマン」が最新話までいまなら無料ですよ、という記事を拝見したので、視聴することにした。おもしろかった。どうしよう、これはおもしろいぞ、おもしろい。となって、一話から、断続的に、数時間ごとに、仕事の合間に最新話まで見た。おもしろい。よくよく見るとスタジオはトリガーさんではないですか、好き、となったのでこれから見ていきたい。足はいたいが、楽しいものが増えてよかった。日々、良いことはなにがしかある。

10月30日(火)
家にいる。二日目。一昨日も昨日も、そして今日もお世話になっている整体にいって足を見てもらう。ちょっと気持ち悪いぐらい青くなっていて、我がことながら心配するも、感覚的には楽になっていて、どうにも数日立つと青あざがでてくるもののようである、というご説明をいただき、なんとかかんとか生活している。だいぶ楽に歩けるようにもなったので、一人でスーパーに赴き、買い物などもできるようになっている。新鮮。普段は住んでいる地域であっても、こんな真っ昼間に外を出歩かない。こういうお店があるんだな、とか、工場でみんな朝から働いているんだな、とか、そういうことをみて楽しんで歩いていける。住んでいる地域には、小さな工場というか、製作所的なところが多く、一階が作業場で二階が住居、といった赴きの家がたくさん軒を連ねている。みんな自分の“こうば”や店をもって働いているのだなぁと思う。思って、思われたい、ぼくも、と、思った。店。店をやって、それで生活を成り立たせているのだなぁというような、朝起きて仕事して片付けて寝ます、というような、そういうような、勤勉な日々を送るにはどうしたらいいのだろうか、というか、どうしてるのだろうかみんな、と思う部分がある。どうしているのだろう。

家に帰る。帰るとそこは、いまの僕にとっては仕事場であるので、PCに向かって、延々とメールを返したり、データを作ったり、イベントで販売する予定のZINEの組版をしていたりした。急な作業依頼があって、それに対応してお返しする、なども行う。年末に出る雑誌の対談原稿もつくる。そうしていると、ここが家である意味、みたいなものが大きく薄れていって、なんならこのままHABに行って店番など、していたいなという気持ちになっていく。店番をしながら延々と仕事などしているのがいいのだろうか。とはいえ、土日のことを考えると、お客さんが来るだけで意外と忙しい、ということもすでに見えており、そうなると閉店後などに実務は進めることとなる。そのようなことになるのは良いのかどうなのか、しかしいずれにしても家にいてもこうして深夜までなにかしかの作業をしているのだから、何一つ変わらないのではないか。向き合いたいのだろうか、というか、向き合い方が足りないのであろうか、という気がして、気持ちが塞いでいるのだろうか。いや、違うかも、わかんないけど。向き合う。店にだろうか。店になのだけれど、しかし、生業とは、なにか、というか、店というより、生活、だろうか。生活の仕方。ぼくの、生活。

10月31日(水)
問題は新宿駅だな、と思う。だからそこに向けて、心を集中していかなければならない。
昼から、外せない打合せがあって、月末で経理や振込処理などマストでやらなければいけない仕事もあったので、2日ぶりに電車に乗ることになった。なったのはいいのだが、ぼくの家からだと、まず大江戸線で新宿西口に出て、そこから小田急線で下北沢へ向かうルートとなる。この、大江戸線新宿西口駅から小田急線新宿駅までの間が、延々と上に登り(下り)ながら結構な距離を横断する乗り換えとなっていて、まぁ普段はなにも感じずに歩いているのだけれど、ぼくはいま普通には歩けないのであって、その「距離感」と「高低差」と、なにより人混み、というものに準備が必要であった。人混み。普段ぼく自身も、結構歩くのが早いというか、ずんずん進む部分があって、つまるところそういう人がたくさんいるんだよなぁあのへんには、という気持ちで、恐る恐る向かった。
電車に乗る。降りる。歩く。思いのほか、階段しかない、という部分は少なく、その辺りはよかったと思いながら、エレベーターを適時使いながらひょこひょこ歩く。どうやってもひょこひょことしか歩けないので、なるべく広いところを焦らず歩いていったところ、周りの人がサクサク避けていく、というか、なんか危険かもー、と思うとぼくが早めに止まるようにする結果、どうにか駅間を踏破することに成功した。怪我している人や足を悪くしている人は、こうやって移動しているのだなぁと思う。思ったので、ぼくは一つやさしい心を手に入れることが出来たのだな、と感じたが、どうか。気持ちの問題に実践は求められず、「心の中で思ったならッ!その時スデに行動は終わっているんだッ!」ということなので、なんというか、そういう人に、なるべく、やさしい人に、なりたいなと思った。

打合せ、事務所。せっかく来たので、出荷とか、溜まっていることをやり、そのまま普段どおりに仕事をしていた。大江戸線は夜はあまり混まない、というか、ほぼいつも空いているためありがたいなと思いながら座って帰った。

帰ったら帰ったで、ZINEのレイアウトをそうそうに作らないとイベントに間に合わないというタイミングが迫っていたので、InDesignでそれを、戻ってきた校正の赤字入れなど、最後の作業をバリバリやっていた。いろいろあるがとりあえずこれの締切が早い、というだけの理由で優先順位が設定され、そうしていろんなものは遅れていく。入稿データを送る。

Twitterを開くと、最近お子さんが生まれた見知った編集者の方のツイートが、母情報というか、乳児がいるときはこういうケアがいいと教えてもらって実践したら良い、みたいなツイートがちょっとバズっていて、いままで、お付き合いのなかでそういう、なんというか、とても素晴らしい本を作る、という憧れが強く、それもあって、生活の知恵、的なイメージが全然ない方で、まぁもちろんたまたまそのツイートがバズっただけで、その人自身の本質が変わることはないんだろうけれども、しかし、生活環境が、構成が変わると視点も変わるのだなと思ったし、それはそれで、心も変わっていくのだなと思ったし、なんならきっといいことのほうが多いのだろうけれども、怖さ、というか、自分以外の何者かによって変わっていく、否応なく変わらざるを得ないという不確定さ、いい大人になって、自分で選択「しない」ことがどんどんなくなっていく人生で、急に差し込まれる選択できない変数、みたいなものに、やはりどこかで怖さはある、ので、急に感慨深くなった。
なるべく、やさしい人に、なりたいなと思った。

11月1日(木)
木曜日。今日も今日とて、月初なので事務所に向かうことにした。昨日の実践を経ているので、なんとかかんとか、新宿駅を踏破することにも多少慣れた、ような気がする。
踏破する。
明日は打合せもないため、なるべく家にいたい。いたいので、今日は事務所でやるべきことをなるべく終わらせておくんだ、ということで、懸命に作業をこなしていた。
入稿データを送る。
そうすると、最低限、というラインまではなんとか夕方までに終わらせることができ、できたので、夜に家の近くの整体に寄るべき時間をつくることができた。ので、寄った。あれ、今日は仕事で来れないんじゃなかったでしたっけ? などと言われながら、まぁ来れるに越したことはないよね、なとど言われながら、ベッドに横たわって足を投げ出していた。処置してもらっている間はずっと、ラジオで日本シリーズの行方を放送していて、ホームランが出たりしていた。広島ファンはそろそろ喜びたいところではないのか、もうこの辺りで勝っておかないと、いろんな気持ちが萎えてしまうのではないか、と勝手な想像をしながら聞いていた。

11月2日(金)
家にいる。今日も今日とて整体に行き、なんかそろそろいい感じになってきたので、テーピングをやめてサポーターにしましょう。ということになり、謎のバンドを渡された。バンド、これは……と思っていたが、いい感じに足に巻くことにより、いい感じの力学により足をサポートしてくれることが体感としてわかった。力学。すごい。それで、だいぶ気分はいい、これで足にビニール袋を巻いてお風呂に入る必要もないのだな、ということで浮かれた。家にいるので休憩時間に「グリッドマン」がみたいと思ったのだか、どうも土曜の夜放送であるようで、初めて見たのが月曜日だったので、まだ最新話は更新されていないようであった。残念。日頃時間がないと言っているのに、いざ見始めると隙あらば見たい、となる。
新刊の販売に関して、データだしや取次見本のスケジュールを制作して送る。なんだかとてもこういうことに、慣れていった感があり、そこはこうで、こうだからいまです、みたいなことを偉そうにのたまう感じになっている。経験値だけが溜まっていく。年末に出る雑誌の、担当記事の校正をしてデザインをお願いし、同じく対談原稿の赤入れを反映して、デザインラフとともにチェックをお願いした。経験値だけが溜まっていくがこちらは誰にどう習ったわけでもないので、流通に関してよりなんにも根拠も自身もない。見よう見まねでやっていて、というか、そもそもなにを見て、まねているのかも定かではない。たぶんこんな感じ、だけが集積している。
そして、選書。お忘れかと思いますが選書、ずっとやってはいたのだけれど、ほかのなにがしのほうが緊急度が高かったため、全体的にペンディングというか、ちょっとづつやるみたいになっていた、選書。彼の優先順位がいまは実質一番になっていて、実際に遅れているのでやった。やって、いる。いた。

11月3日(土)
先週はイベントで1日しか開店しておらず、あまつさえ足をけがしていたので、嬉々として店を開けたかった、が、だいぶ良くなってきたとはいえ、ノンバリアフリーの階段4階まで上がって、看板を出しに下がって、上がって、というのはわりかし辛く、オープンだけでだいたい何かをやりきったという気持ちがしないでもない。
そこからは、もう、今日、絶対にお送りするのだ、というスケジュールで組んだ選書さんを足したり引いたり、整えたりしていた。この一週間はだいたいPCに向かってなにかしており、土日の営業日に関しては本を触って品出しなど行う、というのが通例ではあったのだけれど、今週はひたすら、整体に行く以外の時間で、PCをがちゃがちゃしているということになっている。
店番中では終わらず、とりあえず家に帰って、と思い帰り、そうして調整して調整して調整した結果、なにがしかの形を得たので、お送りした。

11月4日(日)
今日は昨日のお送り、を経て、ちょっと開放された感があるので、新刊のツイートなどをいつもより軽快に数多くこなした。
そうすると、ふいにすっと、なにか視野が広がる感じがあり、「bookbookOkitama!」を開催している方々がわざわざ置賜からみえたりして楽しくお話したりした。「いまのBGMってなんですか?」というご質問を受け、「no.9」ですね、と答えるとたいそう満足されて帰っていかれた一件などがあり、そういえば、前回BGMを聞かれたのは「アイドルマスターシンデレラガールズ」のアニメサントラを流しているときであったな、と。音楽は世界を超えるなという気持ちで満たされた。先週納品された多くの本と、待望の変えのカバーが届いたため、溜まっていた返品やカバー不良の本を取りまとめ、カバーと帯を変え、スリップを差し替え、除菌剤的な、なにかアルコール的なものを浸した布で拭いて汚れをとったりしていた。そうすると、再出荷可能な大量の在庫が出来上がり、「在庫あり」とすることができた安心で満たされた。満たされている。

虚無。唐突な虚無。
HAB名義の本が、今年は一冊も出ないことが、確定的に明らかであることの認識。いや、もうそれはわかっていたのだけれど、イベントのZINEを作り、自分の店ではないところの選書をし、ほかの本の編集を行い、さらにほかから出る本の発売スケジュールを組み、そうしてほかの本の返品改装を行っているこのタイミングで、なんというか、虚しさ、虚無、それぞれの本は活動は好きだけれども、虚無、ぼくが、ぼくの? いや、ぼくのものである必要なんて全然ないのだけれども、虚無。つまり、なにか、ぼくは、ぼくの、しごとが、なされているんだろうか、本当に。何について、どこに向かって、進むのだろうか、HAB。ぼく。
という、回廊、デフレスパイラルが訪れ、訪れていて、すでに訪れていたのだけれど、そこを強く認識し、虚無。
致し方がないので、深夜に、こういうときは計算であるぼくの場合、ということがこれまでの人生で明らかであったので、「これつくれたらおもしろいかなー」と思っている本について、具体的な制作費と利益の計算をエクセルでちまちま行った。そうすると、全然儲からないことがわかって、笑った。笑ったので、多少なりとも心は落ち着きを取り戻した。儲からなければやらないわけでも、儲けたくないわけでもないが、何かを、選択しなければならないようなことが、たぶんここ数年置き去りにしてきたようなことが、あるのではないか。あったところで、どうにかするわけでも、全然ないのだけれど、あった気がするなー、と、思っただけでそれなりに結構なことであった。

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