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日記hibi/ 2018/8/20〜8/26
2018年8月20日(月)
オオヤミノルさんの『美味しいコーヒーってなんだ?』を読んでいて、書き出しの「オオヤミノルって誰だ」という章を読んでいたら、あぁいいなぁ、というか、僕はこの人のことばがすごく好きなんだなという気がしてきて、とても心地よく始めた。ところ、最初の対談で鹿児島の井ノ上達也さんに会いに行っており、その原稿が、もう、事故というか、僕が担当編集だったらその場で逃げ出したくなる、というくらい会話が噛み合っておらず、「恐怖」を感じた。確実に、確実に企画からポシャるレベルのそれであった。井ノ上さんも、もう文字からキャラクターが浮かび上がってくるというふうで、頑ななところと、わざとなんじゃないかってくらい人の話を聞かないで悪役を演じる感じがもの凄くて、オオヤさん頑張って、という気持ちで読み進んだ。
オオヤ 実はスペシャルティコーヒーにアレルギーがすごくあるんです。いまのお話もついていけない。
井ノ上 いや、それはたぶん、ぼくたちが自分たちにだけ通じる宇宙語を話しているだけで、鹿児島弁がわからないいというのと同じですよ。でも、大事なのは、コーヒーはやっぱりコミュニケーションのツールだと思うから、目の前のコーヒーについて自分はこう思うっていうことを相手に問いかけると、宇宙語がだんだん理解できると思うんです。それをいきなり「これはどうなんですか?」って聞くと宇宙語で答えられるから、自分の中で翻訳ができないんですよ。まず自分の言葉で問いかける。それに対して相手が言う言葉を聞いて、翻訳ソフトが頭の中で働いてくるようになると、だんだんコミュニケーションがとれていくというのが、こういう世界のおもしろさかなと思います。そこはいいとか悪いとかもないんですよ。今の自分がどう思うかっていうことが大事で、そこからコミュニケーションが生まれて、それでまたどんどん変わっていくんです。言ったほうも変わっていくし、同時に自分もどんどん成長していく。
オオヤ すみません。
『美味しいコーヒーってなんだ?』(オオヤミノル、マガジンハウス)p.42〜43
それは、あなたの、手法、なのでは、ないか。そこから、うごかないことで、みえないもの、も、あるだろうに。うごかないことで、守ってきた、ものも、多く、あるのだろう、けれども。
そのあと、対談の原稿をつくって(大丈夫、これは穏当なやりとりのそれだ、うん。平和だ)、HABで取次をしている本の打ち合わせを終えて、「おげんさんをいっしょ」を見た。
雅マモル……。 雅マモル!!
この本は大丈夫なのだろうかと思いながら夜、本が開かれたところ、なんとオオヤさんがもう一度井ノ上さんに会いに行くということだった。
1回目の対談が終わり、国分から鹿児島へ移動する電車の中で、オオヤさんはかなりしょげていた。こてんぱんに叩きのめされたと感じたようだ。聞きたいことや反論は山ほどあったのに半分も言えなかったと、溜息ばかりついていた。しばらくして電話があり、「もう一度、井ノ上さんに会いたい」とオオヤさんが言った。 同書P.90
リベンジなのか。なのだろうか。
オオヤ すみません、前回は聞ききれなかったので戻ってきました。ぼくは本当にスペシャルティコーヒーのことをいままで勉強してこなかったので、井ノ上さんが事あるごとに「言語をあわせたほうがいいね」というお話をしてくれはって、ちょっと勉強しようかなと思いました。それでその後スペシャルティコーヒーをやっている知り合いたちに会いに行ってきたんですけど、やっぱり勉強しないで来たほうがいいなと思いました。 同書p.91
最高に、最高にかっこよくて、しびれた。調和。対話の中に、すこしだけでいいから、何かの調和が生まれてほしい。その瞬間に立ち会いたい。その一心で読んでいた。2人の会話は、揺れ動きながら、つかず離れずを繰り返していた。ときおり、通じ合ったかと思う瞬間があり、そして潮が引くようにまた2人は離れていった。
もうこれは、冒険小説なのだと思った。
読み終わったあと、井ノ上さんのお店、ヴォアラ、から豆を買った。来週には届く。
2018年8月21日(火)
渋谷の法務局に赴き、書類を入手した後、少し次の打合せまで時間があったので渋谷を散策した。渋谷は本当に慣れていなくて、ごちゃごちゃした感じが苦手なのだけれども、せっかくだからと、久しぶりに、と思って、「BOOK LABO TOKYO」「SHIBUYA TSUTAYA」「大盛堂」「タワーブックス」「HMV&BOOKS SHIBUYA」が観察された。「大盛堂」は1Fの、たいへん渋谷らしいコーナーに詩のコーナーがささやかに存在しており、そこにぐっと来た。挟持。いや、わからないけれども。
「HMV&BOOKS SHIBUYA」は、オープン初期以来の、本当に久しぶりの来店で、あのころの感じに比べて、それはそれは俗っぽっくなったというか、その変遷に、書店の、特に本を担当している人の、こう、忸怩たる思いというか、頑張りというか、踏ん張りというか、そういうものが、わかりやすくなったレイアウトの、それでも棚のそこかしこから感じられて、とても感動した。そこに本屋があることが、もっとも大切で、そのため愛おしかった。ので、円城塔の『文字禍』が買われた。
と書いたあとで、打合せの時間が迫ってしまい、急いで向かった結果『文字禍』を買い逃したのだけれど、打合せ終わりでギリギリ閉店10分前に滑り込む事ができたので、無事、やはり『文字禍』は買われたのであった。22時閉店。思ったより早かったがビルテナントなので、こんなものかもしれない。
HABの取次扱い本はが一冊増えることになった。
原稿を作って、寝た。
2018年8月22日(水)
今週は家にコーヒー豆がない。これはわりと深刻な事態で、じゃあ買いに行けばというところで、どうもうまく導線上に豆屋さんがなかったりタイミングが合わなかったりして3日が経過してしまった。
豆はなくとも、粉があり、それは相方がなにかのプレゼントでもらってきた結構古いものなのだけれども、デフォルトが極細挽きになっていて、どうもうまく淹れられない。極細挽き。なぜ。そこでインターネットに問うたところ、トルココーヒーというものを発見した。つまり、お湯で煮出すという方法のようだった。
そういえば、住んでいたころしょっちゅう行っていた、阿佐ヶ谷の「ギオン」は鍋で煮立てていた気がするなぁなど、懐かしいことを思い出しながら、とりあえず煮てみた。ところ、なんというか、冷蔵庫の中の食材適当にぜんぶ鍋にぶち込んで煮ました!、みたいな、コーヒーのいろんな味、全部出しておきますね、みたいな、ものが完成した。つまり、これはこれでと思うと、わるくはなかった。どうやら、ペーパードリップで入れるよりも、この極細挽きの粉、には良いようであったので、延々煮立てて、貪るように飲んだ。暑い。
原稿を作って、寝た。
2018年8月23日(木)
『美味しいコーヒーって何だ?』を読み終わった。たぶん発売してすぐくらいに、どこだったか忘れてしまったけれども、どこかの本屋のワゴンに積まれていたはずだから、本当にすぐに買って、買ってからずっと積んでいて、奥付には2013年5月23日とあるから5年間、積んでいて、いま読まれて、そして素晴らしい感動が与えられた。すばらしいものだった。「精一杯のあとがき」というのが、それはつまりオオヤさんのあとがきなのだけれど、そこがとても良かった。本音と愛とリスペクトと、なんというか人生が、物語があった。物語。人の物語に、積み重ねた愛に、いつもどうしようもなくやられてしまう。
ヴォアラの井ノ上さんの話を伺ったが、2人の間にはたくさんの障害があった。年の差やキャリア、社会的立場の違いが2人の恋を邪魔していた。2人の前に置かれる飲み物はコーヒー以外にないのならボクたちは恋人なのに。その日、2人はキスもできずに別れた。気になったのはヴォアラ珈琲のカワイコちゃんたち、男の子も、女の子も、誇り高くキラキラと働いていて素敵だった。サンフランシスコでも見た光景だ。恐るべき子供たちがいつまでも素敵でありますように。あの毒薬がコーヒーであってほしいのか、子供部屋であってほしいのかは、まだジャン・ボクトーにはわからない。岡本さんが連れて行ってくれた早朝からやってる古いうどん屋「うまかった」。ヴォアラ井ノ上さんから教えてもらったんだって。会話の端々に感じる彼の実存が、二度訪ねてまでつかみとりたかった井ノ上さんのエスプリが、早朝のうどんの店にあった。
『美味しいコーヒーって何だ?』(オオヤミノル、マガジンハウス)P.216〜217
物語が。
堀内さん、鹿児島にもサンフランシスコにも恐るべき子供たちがいました。コーヒーは子供部屋か、毒薬か、と考えました。ボクたちもまた恐るべき子供たちだったでしょうか。ボクたちは奥野さんや、森光さんや、大坊さんや、斎藤さんに「お前ら悪くないネ」と言わせるべきです。 同書p.218
愛があった。すっかりやられてしまった。この人のことが好きだ。
原稿を作って、寝た。
2018年8月24日(金)
イベント出店をひとつ、お断りしてしまった。単純に都合がつかず、いやその日自体は開いていたのだけれど、前後の週末ががっつり埋まっており、そうなるとつまり10月が、10月の週末が、一度もお店をオープン出来ずに終わりそうで、いや流石にこれは違うだろうというか、ちがった。ちがったので断ったのだけれど、もうしわけないというか、断るのも、誘うのも、僕は苦手なので、しょげていた。店のことは、もうすこし、もっと真剣に考えないといけない時期というか、時期なんていつでも今なのだけれど、そういうことだった。
小屋BOOKS・KOYA BOOKS・コヤブックスをもう一度つくる、ということで、清澄白河のリトルトーキョーに本を納品したのが先週の土曜。そこから、追加の本や什器を持って、再度調整に伺った。明日から24時間ぶっ続けのトークイベントをする、という4年に一度の恒例行事のため、リトルトーキョーの人々はせっせと働いていた。のだけれど、本棚つくるぞ、ということで、わちゃわちゃと人を動員して、セッティングを調整した。本棚にキャスターがついていて、自由に動かせるのだけれど、そうやって棚を動かしながら場所を調整していくのが、好きで、B&Bとかでも、イベント設営で何度もやっているのだけど、いまだに好きで、DIYとかも、どうにも自分の裁量の中で最大限自由にやる、みたいなことが好きで、たのしいなぁ、など思ってたのしんだ。本棚はなんとか格好がついた気がした。本棚も本も、いろんな人に楽しまれてほしい。
夜は原稿を作って、寝た。
2018年8月25日(土)
祭り。
朝、家の前だろうか、ざわざわと人が集まっていて、ざわざわざわざわ、ざわざわざわざわ、しているなかで、「みなさーーん。まだ他の地区は集会所にいるみたいなのでー。そちらに移動してくださーい」とか、「最初のメンバーは8時頃スタートしたみたいですー」みたいな、掛け声が聞こえ、ざわざわざわざわ、ざわざわざわ、ざわざわ、ざわ、と、遠ざかっていく、そういう声を、布団に寝転がりながら聞いていた。いい朝だった。
店を開けて、原稿を書いていたところ、するすると時間が過ぎていく。お客さんはずっといて何も買っていかない人や、すっときてすっと買っていく人が、いつものように混在していて、暑い中ようこそ、という気持ちでありがたく見ていた。時折、会計をした。家から出汁に漬け込んだ卵を持ってきて、ほぼ毎週食べているのではないか、という近くのスーパーの野菜天丼400円に乗せて食べたところ、大変美味で、週間にしたい、という気持ちが湧いた。来週も食べているのだろうか。
夜は、そうめん、の日だった。毎年、何がしかのメンバーがこの店に来てそうめんか鍋を食べていく、というイベントが無秩序に進行している。重労働は重労働なのだけれど、作業自体は何度もやっているのでわりと慣れたもので、店の平台を片付けて、ゴミ袋で養生して覆い、ガスコンロを出して、湯を沸かした。そうめんを茹で、薬味を足し、ビールを飲んだ。公園に花火をしに行くという、青春っぽいことも同時に進行し、行われた。僕は、大人が本気でブランコを漕いだ場合、どのくらいのアトラクションとなるのか、に急に興味を持ってしまい、その、無重力を楽しんだ。酔っていた。近所の、おそらく飼い猫であろう、大きな猫がやってきて、草陰からずっと僕らのことを見ていた。
夏。
2018年8月26日(日)
家の前を神輿が通っていった。
リトルトーキョーの、24H仕事百貨、のイベントを見に出かけて、おにぎりと味噌汁、という朝ごはんにありついいた。主に朝ごはんを食べに行ったようなもので、一時間程度の滞在時間のほとんどはおにぎりに費やされた。そのあとの短い時間で、久しぶりにあった友達と挨拶を交わし、階段に設営された展示を見て、2階のイベント会場をちらりと見て、3階に至った。3階は休憩所、となっていて、2階のイベントの様子がゆるくスクリーンに映し出され、きれいに塗られた白い壁には印刷された「ことば」たちがならべられているなか、リクライニングチェアというか、キャンプ用の座りの深い椅子が何脚が用意してあり、そこに人が腰掛けてぼんやりと映像を見ていた。おそらく、というか、間違いなく仮眠明けである、そのけだるい様子が、健康センターの朝、を思い出させ、その白壁や展示とのアンマッチさ、がむしろ妙にその一帯には馴染んでいた。3階のすこし澱んだ空気に、このイベントは24時間ぶっ通しのトークイベントで、今は18時間目である、という様子が見て取れ、それが心地よかった。少し座って、イベントの映像を見た。
店を開けると、かなり閑散とした午後になり、緩やかに時が過ぎた。今日はどうにも、かなり暑い日で、こんな日の昼間に出歩くのはきつかろう、という気持ちもあったので、今日もまた、来てくれた人にはありがとうという気持ちが沸いていた。
店を閉めたあとは用事があり銀座界隈に向かい(最近よく向かう)、一仕事終えた感触を得た。
今週は、対談原稿の構成作業や、web掲載の連載原稿、イベントの文字起こし、書評展での書評や、別の本の書評、などが仕上げられた。本を売ろう、という気持ちを強めた。本を売っていきていく、というところの、バランスというか、覚悟というか、思い切りみたいなこと、その按分がいまだにわからない。
#READING 『美味しいコーヒーって何だ?』(オオヤミノル、マガジンハウス)