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ジャズが流れるコインランドリー
夕方、宿にチェックインする。スーツケースを部屋に置き、ベットに横たわり天井を眺める。少し休んでから、スーツケースの中から汚れ物を取り出して、袋にまとめる。スーツケースに汚れ物があるのが、なんとなく気持ち悪い。宿の近くにあるコインランドリーに出かけた。
コインランドリーにいくと、誰も人がいない。洗濯機のがらんがらんという音と、ジャズが流れていた。大きな洗濯機にコインを入れてボタンを押すと、ゆっくり洗濯機が回り始め、がらんがらんと音がする。
彼は椅子に座った。コインランドリーには本が並べていた。マルセル・プルーストの「失われたときを求めて」が10巻とランボーの詩集が置いてあった。永井宏さんの「愉快なしるし」というエッセイ集を手に取った。
その本は日々の出来事の断片をスケッチで描くかのように書かれていた。一コマのシーンを切り取った風景画みたいで、待ち時間にはちょうどよかった。ページをめくるたびに、新しい出来事の断片を楽しむ。
一方でページをめくるたび、前のページに書かれた断片に、何が描かれていたか思い出せなくなる。まるでザルの網目から流れ落ちていくかのように忘れていく。
洗濯機が止まる。服はすっかり汚れが落ちていた。洗濯物を袋にまとめて、彼はコインランドリーを出た。
ジャズが流れるコインランドリーで、一人で本を読んでいたこともいつか忘れてしまうのだろう。