【元サッカー選手 早坂良太の自伝:Honda FC】
【Honda FC】
本田技研工業に入社してからは、サッカーと社業の両立でした。
といっても、私の場合は全然両立できていませんでしたが、、
サッカー部のレベルは、感覚的には練習参加した、J2のチームよりも技術的には高かったです。
プロのチームと練習試合をしても勝つこともありましたし、入社する前の年に天皇杯でJリーグの強豪を破って、ベスト8まで行ったこともあるチームです。
プロでは無いですが、レベルの高いチームでプレイすることで、技術的にも肉体的にも成長することができました。
入社1年目でJFL(当時はJ3が無かったので、J2の下のカテゴリー)で優勝し、次の年は4位でした。
【本田技研工業】
サッカーだけでなく会社員を経験させてもらうことで、精神的にも成長できました。
会社には社員として入社しているので、社業の方でも貢献しないといけません。
私は「四輪機種企画BL海外支援GR」という、新卒の社員がすぐに入れないような、素晴らしい部署に配属させていただきました。
この部署では、現場で多くの経験・実績を積んできた人がマネジメントする側にまわる、とてもポジティブな熱気のある部署です。
上司は「早坂くんは、まず今できるサッカーを一生懸命やってくれれば良いから、その中で自分なりにできることをやって」と言ってくれていました。
会社の歴史や車の仕組み、創業者の本田宗一郎さんの話を聞いてるだけで、とても勉強になる日々でした。
しかし、徐々に自分の中で違和感が生まれてきます。
会社の為に働くな。
自分が犠牲になるつもりで勤めたり、物を作ったりする人間がいるはずない。
だから、会社の為などと言わず、自分の為に働け。
- 本田宗一郎 -
この部署の人たちは車を作ることに情熱を持っているけど、自分がサッカーを辞めて社業に専念したときに、同じような情熱が持てるだろうか?
また、会社に同期入社した高卒の仲間達は、研修で顔を合わせるたびに成長していきます。
会社に社業としては貢献できていないこと、サッカー部では、優勝という結果を残しても上のカテゴリーには挑戦できない現状。
自身のサッカー部での活動は、会社にとって何に繋がっているのか明確に見えずモヤモヤしてきます。
自分の目的と活動を一本化させて、自分自身が納得するようにしたい。
サッカー部を辞めて社業に専念し、新たなチャレンジとして海外駐在を目指すのか。
それとも、会社を辞めてプロとしてサッカーで勝負するのか。
を考えだします。
本当に悩みました。
誰かに相談して、失敗した時に人のせいにして逃げるのが嫌だったので、誰にも相談せずに、今自分自身が本当にやりたいことが何なのかを問い続けました。
辿り着いた結論は、会社を辞めて、サッカーで勝負したい!です。
もったいないようだけど、捨てることが、一番巧妙な方法だね。捨てることを惜しんでいるヤツは、いつまでたってもできないね。
- 本田宗一郎 -
大学の時から声を掛けていただいて、本田技研工業に入社した後も気にかけていただいていた、サガン鳥栖のスカウトの方に、オファーをいただけるならどんな条件でも挑戦させてください。ということを伝えました。
実際にオファーが正式に届き、会社の方にも自分の意志が固いことを伝えました。
[key word]
価値観、思考し行動することで人生が創られる
[あとがき]
もし、 Honda FCを経由せずに大学からプロになっていたら、こんなにも長く選手は出来なかったと思います。
本田技研工業では、多くの社会の仕組みを教えてもらいました。
退社の報告を会社のお世話になった方々にした時に、会社の中でも役割、役職に関係なく、自分のできることに前向きに取り組んでいた方たちからは、挑戦への応援の言葉がけをいただきました。
素晴らしい会社だったからこそ、そこを自分の意思で辞める自分は、絶対成功しようと決意します。
退社を決断してから、今のうちに社内で経験できることは経験させてもらおうと思い、上司に頼んで工場内のライン作業をやらせてもらいました。
この同じ単純作業の繰り返しは私にとってはとても苦痛で、全く時間が進まないことに絶望を覚えたのを覚えています。
上司にこの話をしたら、「この作業が得意な人もいるんだよ」と言われました。
確かに、一日中だれとも会話せず黙々と作業をされてるベテランの方もいました。
やはり、自分の価値観で判断してはいけないと思いましたが、上司が続けた言葉に衝撃も受けました。
「ただ、この作業は人件費の高い北米では全部機械化してるけどね」
捉え方は人それぞれだと思いますが、まさに今AIの台頭によりなくなるかも知れない職業、という議論がされている問題と同じことかもしれません。
時代は確実に、そして今までよりも早く変化しています。
もしかしたら、スポーツも色々変化して、今までの常識が変わるかも知れません。
その時に変化できるのか。それが大切なのかもしれません。
ちなみに当時私をスカウトしてくれた方は私がサガン鳥栖に入団したら、違うチームに転職していました…(笑)
人間というものは、面白いものであり、不思議なものであり、必要のない人間というのはいないのである。
- 本田宗一郎 -
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