006話 再転棟
仲間達に囲まれて過ごした日々はアッと言う間に過ぎて、外泊最終日には、やや
・・・施設生活も楽しぃ。
そんな名残惜しさも、やや感じながら、裕司は再び精神病院の閉鎖病棟へと戻った。
病棟の患者達を目の前にして
・・・ぅ、うわぁ〜〜……、具合悪〜ぃ。
裕司の気分は、みるみる落ち込んでいった。
・・・相変わらず、なんて激薄な食事なんだっ。
2泊3日の外泊で、シャバの飯の旨さに気付いたからだ。
元々、ココの院内食は健康面に重きを置いててなのか
・・・塩や醤油やソースやマヨネーズ等の調味料が一切使われていないんじゃ?
等と失礼に思ってしまう程の、極薄味なのだ。
夜は夜で可笑しな声で叫ぶ患者や、サンダルで歩く時のペッタペッタと煩くて寝付けず、不眠時の薬を1錠、看護師におねだりしに行く。
仕返しに、裕司もペッタペッタしてやった。
ある日
サオリへの手紙をいつもの様に、神の肛門に差し込んで渡していたら、かなり驚かされた。
裕司は徹底してバレないよう、とても慎重に
・・・看護師らは今どこに居るか? 作業療法士はどこを見てるか?
何度も確認しながら、隙間へ挿入してゆく。
だが、そんな鉄壁の守りの中、OTスタッフのチヒロさんが
「高橋さーーん? 何してるんですかー?」
裕司は異常な程テンパる。
「なっ、…何も、……してません」
バレッバレなのに、知らぬ存ぜぬを突き通す構えで居た。
・・・バレたぁ〜? ぃゃ、そもそも既にバレていたのか? 裕司の行為は全て黙認レベルで泳がされていただけなのかっ?
その日以来、手紙の差し込みを自粛してしまった。裕司は、自分がかなりビビリな奴なのだと再認識した。
数週間後
「土日がぁ、何の行事も無くてぇ、退屈で〜す。時間開放を土日もくれませんかぁ〜?」
主治医に勇気を出して頼んでみたら、あっさりと認めてくれた。
「今の病棟の患者さんは土日の開放が出来ない決まりなので、以前に問題を起こした女性とは違う病棟で探しておきます」
・・・な、なぁ〜にぃ〜い?
裕司の心は煮えたぎった。
・・・初めから問題だと思っていない僕が可笑しいのかもしれんが、敢えて嫌味のように言葉を添えて戒めと言うか教えと言うか、わざわざ諭さなくてもいいよぉ。
けれど、心の中ではかなり焦っていた。
今迄、慣れ親しんだ2南病棟。主にご年配の方や幻聴・幻覚・妄想っぽい方々の集まりだった。
慣れの感覚が残る為、新たな病棟へ移動する事に不安感が少なからず有る。
・・・もしかしたら、サオリと同じ病棟になれるかもっ?
微かに期待もしていたので、そうはならないと釘を刺されてしまい、泣き虫な裕司は虚しさで涙が込み上がる一歩手前だった。
・・・それにしても、確かに土日はOTの時間も無いし、時間開放も無しで、無駄に長い時間が心を押し潰してくるから「何とかして下さい」って申し出たはいいけど、……マジでぇ? 病棟移動って……。こんな大ごとになるぅ?
等と不服に思ってると
「高橋さーん、3北に移動でーす」
・・・ん? 3北って前に居た病棟じゃん? そこで問題発生と誤解されたから、2南へ転棟させられたのに、また出戻りって。
しかし、その病棟だと会話能力の有る患者が多いし、看護師も全員が顔見知りだ。
・・・心配して損したっ。
一気に不安感が吹っ飛んだ。
「移動時間は14時半からお願いしまーす」
・・・はぁ? その時間って開放時間じゃん?
時間開放をしたくての病棟移動なのに、選りに選って2南の貴重な時間開放の間に引っ越しさせる、その意地悪な感じはドMな裕司にとって堪らなく刺激的だ。
「せめてもの悪足掻きだぁ」と言わんばかりに、14時からの開放時間が始まってから、すぐさま外へと飛び出した。
売店でいつもの様にラクトアイスクリームを購入して、煙草を吸いながらペロペロと至福の時を過ごした。
残った時間で病院敷地内の外周を、ぐるぐると14時半を気にしながら周っていた。
3北病棟の事を思い、胸弾ませて……。
「たっだいまぁ〜〜!」
躁全開のテンションで3北病棟の扉を潜ると、始めに目に付いた患者は、依存症施設の仲間のモトイ君。気持ち喜んでいる表情を見せてくれた。
次々と、馴染みの患者達や看護師達に「ただいま〜」「久し振り〜」と一言二言、声を交わして行った。
一通り挨拶周りも終わって、ポケ〜ッと脱力していた。
・・・僕は3北に戻って来た、サオリは2北のままだ。2北への転棟になっていればなぁ〜、……ん? 2北? …3北? 真上!!
裕司はとんでもない事に気付いた。
・・・って事は、ココから下の階の窓々を覗き見て行けば、サオリの姿を捉える事が出来るかも?
急げば回れ? じゃないけど、3階北病棟内の窓から2階北病棟内を覗き見る様に、ロの字型の廊下をくるくる周ってみた。
様々な姿の患者を目にするが、サオリっぽい姿・形を発見する事は困難を極めた。
夕方、自分の部屋へ、諦めの気持ちを抱きながら戻っている最中、不意に窓の外、斜め下の2階へと視線を落とした。
洗濯物を乾かす為の空間が広がり、そこに1人の女性……。
・・・ぁああっ! いたぁ〜!
サオリが丁度、干している所だった。
安全上の理由なのか、窓は全開にならない様にストッパーが取り付けて有る。顔半分くらいしか開けられないけど、その状態で呼び掛けてみた。
「サオリぃ〜」
「え!…」
サオリは首を右へ左へ……。
「裕司ぃー♡」
しっかりした生の声を久々に聴き合えた。サオリも、かなり嬉しかった様子で満面の笑みだ。
「どーしてそこに居るのー? …馬鹿! 2北に来るんじゃなかったのー?」
最近の手紙達の中で、また転棟する事を伝えていたから、サオリは裕司が同じ病棟になる事を信じて疑わなかった様だ。
「超、嬉しいんだけどぉ〜」
裕司は嬉しさを声に出した。
「何で見つけられたのー?」
「そんなのぉ、簡単さっ。…愛の力だょ」
こんな臭い言葉を言えてしまうくらい、裕司は恋に盲目中だ。
「退屈だよねー?」
早くもサオリは喋りネタが尽きたのか……。そのタイミングで奴が近付いて来やがった。
カネザワ。最初に裕司が3北病棟に居た頃、サオリと初めて会った時に、何かと邪魔をしていた小蝿の1匹なもんだから、兎に角その場は解散しようと機転を働かせ
「じゃぁ、ねぇ〜」
裕司は手を振りながら窓から離れた。けれど、サオリは間に合わなかった。
カネザワは、相も変わらず頭がイッちゃってて
「へろー? な、何やってんの? 洗濯? ど、どこに干してんの? …し、下着どれ? な、何色?」
女性に対して、配慮もへったくれも有ったもんじゃない。
・・・下衆だし、下品だし。でも、しょ〜がないんだろ〜ね。気違いだから入院しているんだし。
慌てて、サオリも棟内に駆け込んだ。
・・・折角、サオリと再会を楽しんでたのにぃ。
裕司は少しして、サオリがホールの窓辺のベンチで座っている後ろ姿を発見した。髪が真っ直ぐ肩まで届き、薄桃色のお洒落な半袖を着ている。
向こうを向いている為、こちらには全く気付いていない。
・・・丸で、盗み見ている感覚だけど、罪悪感よりも興奮でドッキドキしてるぅ。僕も一般的に見れば異常者なのかぁ?
そんな事を思って居ると、不意にサオリが首を右後ろに回した。
目と目が合った! 互いに手を振っていた。
この3階と2階の窓越しでは、声など届かぬ。
裕司は人差し指で「干し場に行こ〜 !」という意味を示した。
サオリは大きく頷いた。
再び、干し場のサオリと、上の階の窓からの裕司で、2人っきりの密談が始まった。
小雨が降っていて、吹き抜けの所に居るサオリが少し寒そうに見えた。
「何でー、…カネザワだっけ? アイツがまだ居るのー?」
開口一番、奴への不満が飛び出してきた。
「頭、イカレてるから入院しているんだょ〜」
宥めるつもりで言ってみた。
「アイツの部屋この窓の近くでぇ、僕の声とかで反応する危険性有りで、嫌んなっちゃうょ〜。でも、今はアイツ、ホールでTVを阿保みたいに観てるから平気だょ〜」
「…そーなんだ。また3北に戻ったんだね?」
「うん、土日も時間開放が欲しくて先生にお願いしたらぁ、露骨にサオリの居る病棟じゃない所で探しとくって言われてぇ、ココになったんだぁ」
「……時間開放?って、私も出来るよ!」
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