008話 仲間
今後また、その形態に戻ったと知れば、退院への気持ちに心が流れるつくのかもしれない。
ただ、これだけ聞くと「裕司って野郎は、女ったらしなんだぁ」と思われるかもだ。
しかし、裕司にも言い分は有る。
・・・僕の求めるゴールは社会生活にあるので、社会に沢山居る人とコミュニケーションを多く取れる勇気を持つ事こそが、依存症施設で学ぶべきポイントだと考えているんだぁ。
・・・その沢山居る人の中には勿論、女性も含まれていて、彼女らとの接し方を上手に出来るよう訓練しておかないと、例えばすぐHな事をしようと発情心をコントロール出来ないままの方が失敗してしまう気がするのよねっ。
・・・そ〜なりたくないと考えて、今の入院中も女性と関わり、どの程度の発言・行動ならその女性の感情はど〜反応を示すか? 等を試させてもらっているんだょ。
施設生活を送っていた13カ月間も
・・・今は人とのコミュニケーションの訓練だ。
常に自分に言い聞かせていたから、独りでポツンとしている仲間に対しても面倒だけど声を掛けに行く癖を付けられていたし、同じハウスに暮らす仲間のしでかす理解し難い行動に対しても
・・・WCペーパーの芯を外して交換するように育ってきてないんだなぁ。スリッパ・サンダル・靴を並べて置く習慣が無いんだなぁ。自分のコップを片付けてもらっていたんだなぁ。
その仲間自身の事を責める気持ちではなく
・・・仲間の育った環境が悪かったんだなぁ。
そう思える様になってから随分、気持ちが楽になっていた。
裕司は人と話す時も、自分勝手な恥ずかしさや恐怖心で、殆ど話せずにいた人生だったけど、その心さえ、何とか押し殺して、ほんの少し勇気を出すだけで、心が通じ合えた感覚で話せる様になれた。
・・・要は、自分の考えや妄想などを取っ払えれば、世の中、何だって出来るっ。
・・・必要な事は勇気・挑戦・寛容なのかなぁ?
3北病棟の患者仲間に暫しの別れを告げ、施設スタッフのタクさんと共に病院を後にする。
今回の外泊も前回と同様に3泊の予定だ。施設に着くまでの約1時間、もう1人の依存症仲間のテルと当たり障りの無い様に、ハーシは言葉を選びながら喋っていた。
迂闊に話をして、今の病院生活で楽しんでいる感じを、運転してくれているタクさんに悟られるのは好ましくない。
「ハーシぃ? まだ退院、出来へんの一?」
「は〜ぃ」
「ハーシさんとずっと一緒に居たいです」
「恋人かっ」
「ハーシが居ると面白いのにな!」
「知ってるぅ〜。僕も筋門と居て楽しいです」
「おい! 誰がポケモンじゃい?」
・・・僕を仲間が求めてる感じは凄く嬉しぃ。
・・・けど、まだ自分には病院でなければ出来ない事が有るから、それを満足いくまで遣り切りたいんだぁ!
「心苦しいけどぉ、まっだまだ退院できなくてゴメンねぇ」
「なんや? まっだまだって?」
前回の外泊時に新しい仲間の2人が、ハーシが居た伊佐ハウスに入寮していて、その中のパーリンと名乗る仲間とハーシは、とても仲良く打ち解けられていて、僕らは主にバルコニーの喫煙場でイッパイ話し合っていた。
パーリンはギターも嗜んでおり、いつも深爪をキープすべく、爪研ぎを欠かさない。
「ギターやる人は、みんなやってるよ」
生憎ハーシは、楽器全般に興味を持てない。
・・・出来たら格好いいよなぁ。
そう思いはするけど、挑戦をしたとしても継続が出来ないのは分かっている。
2人で話しているうちに、次の喫煙者がガラス戸を開けて入って来た。
「ハーシさん、帰って来て下さいよ一?」
聞き飽きたセリフをまた聞かされて
「逆に今、テルも3北においでょ?」
「いや、僕は吉王病院がいいです」
テルは過去に入院していた地元の精神病院の名を口に出した。彼はそこで結構な悪さをしてきたらしい。
ハーシは、前回の外泊時にも気に掛かっていた、同ハウスに居る仲間の事を訊いてみた。予想通りの返答で、周りの仲間達に不快感を与え続けている姿が目に浮かんだ。
その仲間と裕司との出会いは、施設より先に病院内で週2回、行われるアルコール依存症者の自助会ミーティングの場だった。
裕司はアルコール依存ではなく大麻依存なのに、主治医にお願いしたら
「え? 行きたいですか?」
何か阿保を相手に返事をしている感で、許可して頂き、喜んで参加させてもらった初日のミーティング後、喫煙所で裕司は独り反省モードに入っていたら、イズと名乗るその人が話し掛けてきたのだ。
軽く自己紹介をし合うと
・・・あなたは喋り依存かっ?
そう思ってしまう程、永遠と喋ってくる。更に説教を畳み掛けてきやがった。
「僕の話を聞きたくないなら、帰ってもいいよ。ただ今日の高橋さんの話し方を、僕は納得が出来ない。あなたの話す言葉はとても柔らかく話し方も上手なんだけど、結局、誰かの所為にしているし、話の終わり方が『大麻を使いたいです』で終わるのは……。ココの自助会では『今までの自分はこーだった、あーだったと過去を振り返り、そしてこれからは、こーやって回復していこう』と言うふうに話す場所だから」
「……はい、そ〜なんですか。ありがとうございましたぁ」
自分の反論したい思いをグッと我慢し、一刻も早くその場から立ち去りたい気分になっていた。
そいつとはそこで別れたのだが、腹立たしさは中々消えなかった…。
ハーシが施設に居る時、参加をしていた自助会では
・・・自分の本心を吐き出せてこそ、褒められるものなんだなぁ。
そう学んできていたのに、それを全否定された感覚に陥っていた。
そんな訳の分からない説教野郎が、しかも自分と同じ施設の同じハウスに入って来てしまった事に、嫌な運命めいたものを感じさせられていた。
その仲間、アノニマス(匿名)をチカと名乗り、パーリンと合わせてこの2名が、ハーシの暮らす伊佐ハウスの新しい住人となっていた。
ハーシはどちらかと言えば仲良しになり易い人より、近寄り難い人の方が興味をそそられるから、仲間の皆んなに可笑しく思われながらも、彼に喋り掛けたりしていた。
あまりにも自分の言葉が適当だったからか、何を発したか裕司は憶えてもいないけれど、その言葉に対してチカが頓珍漢な受け答えをしていて
・・・この人は依存症以前の問題も多そ〜だ。
ハーシはすぐに気が付いた。
・・・僕自身もそ〜だけど。
今回の外泊で何よりもの収穫は、新しい仲間ユーリンとの出逢いだった。
外泊日当日、迎えの車が来る迄に時間は有ったので、ハーシが外の喫煙所で時間開放を満喫中、施設仲間でお気に入りの女性、シュンちゃんが姿を現した。
「ハーシぃ! 元気ぃーー?」
いつもの様に可愛らしい声で、握手&ハグをしてくれ、嬉しい挨拶を交わした。
その時、シュンちゃんの横に居る、個性的な髪形の人物に気が付く。
ハーシの躰に当たったシュンちゃんの豊満な胸の感触に、ニヤニヤと思い耽るのもそこそこに、その新しい仲間に意識が移った。
そして、シュンちゃんによる紹介が始まった。
「ハーシ。オーバードーズして可笑しくなったんだょねー。大麻好きなんだょー」
自分で伝えたかった個人情報を、きっと悪気はないのだろうけど勝手に知らされた。
「ユーリン。3北に入院してたんだょねー?」
「そ〜なの? じゃ、僕が2南に移ってた間に居たのかなぁ?」
ハーシは悔しく思う。
「猫耳ぃー!可愛い?」
ユーリンは金髪で作ったツインの尖りヘア&ボーズ頭を自慢げにアピールしてきた。
「可愛くて、好きだょ」
ハーシはこっそり、別の感情も混ぜ込んだ。
3人だけの喫煙所を後にしながら、ハーシは、また1人新たな女性に目を付けてしまった事に気付いた。
病棟に戻った裕司は、外泊前に
「お土産ぇ、何がいぃ?」
そう患者仲間に訊いて周っていた。
皆んなは、主にスナック菓子を求めていたので、スナック系5袋とチョコ系1箱を買って来ていた。
まずは、タダで少量ずつ振る舞い、残りは元値の3倍位の値で捌いたりして、裕司は北叟笑んでいた。
シャバで買って来た物以外にも、病院敷地内の売店で買ったインスタントコーヒーを砂糖入りで1杯100円、煙草1本50円、飴ちゃん1個20円で密売っぽい受け渡し方をして、看護師の目を掻い潜る事も楽しんでいた。
他にも、病院内でドーパミンを出す行為として、オセロ・五目並べ・将棋・ポーカー・麻雀といった娯楽もそうだけど、やっぱり一番は女性との戯れだ。
これらの刺激が有るから、鬱に陥らないで『楽しい』と思える感情をキープ出来ているのだ。
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