009話 充実
恒例の時間開放に飛び出し、サオリとの密会場の掃除を、自分勝手に独りで行なう。
枝を1本拾い、それを使って葉っぱや小虫達や蜘蛛の巣を払ったりだ。
セッティング万端となり、今日のお喋り内容やハグの仕方やチューの仕方に思いを馳せる。
・・・今日はサオリのどんな話が聞けるか? ど〜やったら厭らしくなく自然に胸を触れるかなぁ? 今日のチューは舌を入れられるかなっ?
殆ど、Hな想像ばかりみたいだ。
木柄の椅子に座ってそんな事を思っていると、遠くの方にサオリが駆けて来るのが見えた。
裕司とサオリは同時に手を振った。
「疲れた……、けどココ落ち着く」
裕司が作った場所じゃないけど、嬉しく思ってしまう。
まずは、サオリの居る4人部屋に新しく移動して来た患者の事を話してくれた。
「眼鏡、掛けててー、髪が長くてー、少しふくよかな感じの人」
そう説明してきた。
「…もしかしてぇ、少しじゃなくぅ、…太め?」
サオリは、ぎこちなく頷いた。
「あ〜〜、あの3南に居た人ねっ?」
「そーそー」
「ふ〜ん、そ〜?」
裕司は大きく頷いた。
その人も患者さん同士で恋愛していると聞いて、少し驚いたが
・・・肌は綺麗に見えるし、無しじゃないょな。
また、悪司(悪い事を考える裕司)が心中で呟く。
サオリと2人っきりの小山で20分が過ぎ、当たり前の様にハグ・チューが始まった。お互いの目と目がそれを欲していた。
裕司はハグしている両腕を意図的に動かした。右手でサオリの頭をナデナデ、背中に回していた左手をちょっと引いて、左肘がサオリの右胸の膨らみに当たる様に近付けてみる。
サオリの唇から、温かい吐息が裕司の口の中に入って来た。
「胸をもっと大きくしたい」
サオリは悩みをボソッと打ち明けてきた。負けじと裕司も胸を入れたい事、全身脱毛したい事を話したら
「胸は勝手にヤラナイで!」
許可制になってしまった。
「だって、胸の有る人のTシャツのシルエットって可愛いじゃん?」
こんな理由を否定せずに聞いてくれていた。
裕司が外泊中に施設の仲間から頂いた、ミントチョコをサオリに渡した。サオリは喜んで自分の病棟に戻って行った。
独りになり、寂しくなる前に、次のトキメキを求めて、敷地内をプラプラブラブラ……。
今は、3南のOT時間の為、散歩を終えた3南の患者らとOTスタッフが、OT出入口に設置してあるベンチで休んでいた。
裕司に気付いたOTスタッフが手招きをしてくれた。アイスコーヒー甘めをご馳走してくれた。
・・・OT時間の患者じゃない僕にぃ?
人の優しさを感じ、喜びながら会話を楽しんで居ると、裕司の目の端に飛び込んだ大麻色のTシャツを着た、真っ直ぐで長い茶髪……。
気付いた時には、後ろ姿だったがハッキリと分かった。
・・・セノさんだぁ!
まだコーヒーが半分以上も残っていたので、ベンチで裕司の隣に腰掛けていたオド君にそれをあげ、急いで彼女の元へ駆け寄った。
「ハァ〜〜、ハアハァ………」
息を切らす演技をしながら
「見ぃ〜っけ!」
「うわっ、凄い笑顔!」
セノさんが驚いてくれた。
「だってぇ、凄い嬉しいんだもん。いっつも中々出会えないからぁ……」
「そーだよねー、中々時間合わないねー。自助会の週2くらいしかねー」
「出来ればいっつも、こ〜して喋りながら歩きたいんだょ」
「んー……、勉強会がアルコールでは有ったり、外出したりしてるからゴメンネー」
「そ〜なんだぁ。でも今日、会えて凄く嬉し」
・・・こんな当たり障りの無い会話じゃ、想いを伝えられない。
そう思いつつも、慎重になって話す自分がいる。すると、セノさんが裕司を褒め始めた。
「高橋さんって頭いいですよねー。自助会でのお話を聞いてて、いつもそう感じてるんですよ」
「ありがとぉ。…昔は全く、人前で話す事が出来なくてぇ、ホント無口だったんだぁ。だけど、依存症施設に入って『変わろ〜!』って努力してみたんだっ」
セノさんは笑顔で頷く。
「まず、挨拶しよ〜って。少しでもいいから喋ろ〜って。そしてミーティングでも積極的に司会とかやったりしてたんだぁ」
「へえー、凄ーい」
「そ〜するのは、自分にとっては凄く恥ずかしく思ったり、勇気が要る行動なんだけど、皆んなが出来るんだから僕も出来る様になりたくて、思い切って行動するよう日々訓練したんだぁ」
「そーなんだぁ、努力したんですねー」
なぜだか、セノさんには裕司の言葉は滑らかだった。
更に、裕司はずっと疑問に思っていた事を勇気を出して訊いてみた。
「あの〜、お名前ってぇ、……セノなの? セオなのぉ?」
「ふふっ、いつもみんなに間違われたり、訊かれたりするんだよ。セノオです。セノオ カナコ」
「そ〜なんだ! カナコさんって呼ぶねぇ? 僕は高橋 裕司です」
「憶え易いですよね?」
今更、自己紹介し合った。
カナコさんとは、院内で開催されるアルコール依存症者の自助会で10回以上も顔を会わせているのにだ。
それくらい、裕司が気軽に声を掛けられぬ程、美しいスタイルの持ち主なのだ。
心地良い時間は、本当にアッと言う間に過ぎて、裕司はそろそろ戻らねばならなくなる。
「また、一緒に歩こ〜ね?」
「うん、またね」
・・・どーせ、またの機会は随分と先なんだろうなぁ。
沈んだ気持ちを悟られぬよう、元気に手を振って別れた。
病棟へ戻る最中、自分でも理解出来ない感情と向き合っていた。
・・・僕の一番な人はサオリとゆ〜女性だ。その筈なのに、何だ! この胸の高鳴りは?
裕司はカナコさんと2人で話している間、異常に興奮してしまっていた。
・・・僕はカナコを好きなのか? カナコの方がサオリより好きなのか? それは浮気と言う事なのか? サオリとお付き合いと言う関係でチューまでしている間柄にありながら、カナコと言う人に好意を持つって、人道的にど〜なんだぁ?
自分の恋愛感情が正常なのか間違っているのか、足りない頭をフル稼働させて楽しんでいた。
開放時間終了迄に3北病棟の扉を潜る。
施錠を外しに対応してくれたノリコ看護師に、何気無い感じを装い、付かぬ事を訊いた。
「以前、僕は2南に居たんですけどぉ、艸楽さんは元気に働いてますか?」
ノリコ看護師は一瞬、驚いた表情を見せて
「あー、艸楽ちゃん? うん、元気よ? ……どーかしました?」
「いぇ、良くしてくれたから……」
無難な返事をしながら、この会話でノリコ看護師が艸楽看護師に「高橋さんが気に掛けて居たよ」そんなことを着替え室とかで、お喋りしてくれるのが狙いだ。
・・・もし、そ〜してくれれば、2南からの用事で3北に来る際、自ら率先して艸楽が引き受けて、高橋に会う目的も兼ねて来てくれるのでは?
その人は、一見するとサバサバ感やクール感が漂っているけど、話してみると優しさに溢れた可愛らしい笑顔をしてくれる。
・・・勤務時間の7割方、医療用マスクで口元を隠しちゃっているけど。
裕司は艸楽さんと、仲良くなりたくって
「肌、綺麗ですねぇ〜」
詰所の中を窓越しで凝視しながら、大きな声で褒めてみる。
すぐにナースステーションから出て来た艸楽さんに
「洗顔とか何、使ってるのぉ?」
「私は何も。…化粧水とかも使ってないよ」
そう言う艸楽さんの肌は本当に純白で、裕司の目には美しく見え過ぎていた。
しかも、黒縁眼鏡なのも心を擽られる。
2南病棟に入院中、艸楽さんの勤務がお休み続きで、たった2日後に会えただけでも
「会いたかったょ〜」
「またまた一」
満更でも無い笑顔を見せてくれたり。
裕司は『鬱を防止する』と言う大義名分で『マニキュアの使用』を作業療法士にも主治医にも許
可を頂いており、そのマニキュアで左手爪に塗ってるのを知った艸楽さんは
「私、黒のマニキュア使わないからあげるよ」
看護師なのに患者へ私物をプレゼントするという、異例の様に思える事を約束してくれた。
裕司の思考回路では
・・・僕に気が有るんじゃないのぉ? そ〜でも無い人に物をあげるなんて有り得ない。例え要らない物でも。…ならば、艸楽は裕司の事が好きなのかぁ?
そこまで、自分に都合良く妄想を膨らませて面白がっていた。
そうやって艸楽さんと接している間には、サオリと当時は直に会えなく、扉越しに文通の手紙をせっせと行ったり来たりさせていた。
要するに裕司は
・・・誰かにそれも1人ではなく、より多くの女性に愛されたい願望が強いのでは?
自己分析の結果はそう出ていた。
何度目かのサオリとの密会時。
・・・今日は立ちでハグ・チューしよぉ!
そう目論んでいた。
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