noteを書いた1年だった~123記事上げた~まだまだ書き足りない
えーと今日から12月に入りました。
ついこの間、年が明けて、能登半島地震が起こって、例年通り、何をした、って事がないまま、また1年が終わろうとしてます。
今年私は何をしたのか?
note書きまくってる1年だった。
と言えると思います。
私は前にも書いた通り、SNSが苦手でして(´・ω・`)
支持されるインフルエンサーになりたいとも思わないし、なれないし…。
ってわけでSNS苦手って思って生きてきたのですが、noteというこのアプリと環境を昨年秋位に人に勧められて、12月頃から投稿を始めたので、ちょうど1年になります。
今公開してる記事の数を数えたら、123でした。
これが124番目。
書いたもの全てを公開してる訳ではなく、没とか、完結まで書けなかったものがちょうど同じ位の数あります。
ってことで、内容(テーマを決められた)のが240ネタ位あるって事ですね。
12で割ると20です。
30日で20記事(ひと記事4000は最低保守してる)と思うと、まあまあ、書いてますね。
ツイッタランドは、140字以内の思いつき。
noteに書き始めたるのは4000字を超えるだろうなの思いつきです。
始めての有料記事は72000字だし、
1番読んで貰ってる配信アプリの紹介の記事は24000字だし、公開してない5万位の小説(?なのか?!)はこの他に3つあるし、人の職務経歴書も何個か書いたし、幾つかパワポ職人もしたので、相当テキストを書き続けた1年でありました。
振り返ってみると、生涯1か、2位テキストを書いた年になりました。
今日始めてチップを頂きました。
この書くことが、お金に繋がらないかな?と、春位から意識し始めて、今日始めて形になったと言えます。春に賞金を狙って、3つ新人賞に出して、1次も通らず、1つは期限の勘違いで、来年出しますわ。
テキストを書くことでお金を最初に貰ったのは、高校3年の春でした。
1晩で、原稿用紙に30枚殴り書きして、恋愛漫画の短編の原作を書いて、その賞金に30万貰ったのが最初です。
だから実際に書いたのは高2になるのか…。
後にも先にも、1晩で30万稼いだのは、私史上1番コスパ良く稼ぎました。
その30万で高3の夏休み丸ごと、1人アメリカ半周旅をしたんです。
その話もそのうち気が向いたらnoteにしましょう。
んで20代でライターでご飯を食べさせて貰っていた時期が2年位あって、育児記録をフェイスブックに書いていた時期があって、今年になります。
ほぼ20年振りに、長文テキストを書いたという状態です。
ライターをさせて頂いていた時期は、ほとんどがネタ提供を受け(依頼内容があって)、インタビュー記事が多かったので、自分発信(テーマ自由)で、こんなに長文書き続けたのは人生初と言えるかもしれません。
30日で20記事以上なのて、ほぼ毎日4000字以上書いたって事になります。
村上春樹は、調子が良くとも悪くとも400×10を書くことで、日常的に地下2階に降りる訓練をしてるのは有名な話ですが、私は、日常的に地下二階扉を開けることはできなかったけど、何度かは、地下2階に降りられた感触がありました。
ちなみに完結出来てない、書きかけの小説(?と言っていいのか?)が3つあるので、4月までに1つを終わらせて(今ひたすら過去データを漁ってて、裏取りしてるっす)、2つを何とかもっとちゃんと取材をして、ちゃんと完結させて、1円にもならなくとも、この自分のモヤモヤを解消したいです。
物語(って私なんかが大層に言っていいのだろうか?)は、書きながら設定が決まっていって、私は一人称か、2人の一人称しか今のところ書けないので、その主人公達の未来を希望あるものに仕上げたいという欲求があります。
小説の新人賞にどれも1次も通らなかった敗因は私の中で結構分かってて、それは、ターゲット(応募先)を間違えた、と、私は頭の中ではテキストと同じ位音楽が好きなので、どのテキストにも、音楽があって、歌詞の全文引用をしてるので、それで1次を通して貰えなかったんだろうな、下読みの人にこれはナシ!って弾かれたんだろうなと予想しております。
どうも下読みを通過しない例に、「装丁の指示がある」「掛ける音楽を指定する」とあったので、掛ける音楽を指定するに全てが該当するのです。
私としては、必然性があり、やった事なので、それを抜きにすると、やっぱり話の展開は違うものになります。
正直、その、高校生の時に、思いつきで1晩で書いた物が、30万になったので、3つも出せば1個くらいなにかに引っかかるんじゃね?と軽く思っておりました。
甘々の甘ちゃんです。
そして、高校生当時の私が高校生として書いたものと、42になったおばさんが書いたものでは、若さという価値が無い分、評価は当然厳しくなるのです。
パパ活や、就職活動に若い方が有利と全く同じ条件ですね。
高校生で、この位文章書けたら、まあいいんじゃね?と思って貰えたのと、42のおばさんなんだから、この位の日本語使えるのは普通の事でしょ?と見る目は当然厳しくなってるのです。売るという視点で考えても42と高校生が書いたものなら、高校生が書いていた方が売れるでしょう。
全く同じテキストを出されて、どっちを選ぶ?となったら、当然高校生が書いたものを採用します。私が選ぶ側になってもそうします。
だから、一つも1次も通らなかった事実を受け止めて、今後もテキストのバウンティハンター(賞金稼ぎ)を目指すなら、今回の反省点を踏まえ、応募する賞をまず見極める事(過去受賞作の傾向と対策を学ぶ)と、歌詞の引用、音楽の引用をやめるという対策が必要になります。
年間120記事(月々10、つまり3日に1つ)以上上げたのだから、もう書くことはないでしょう?と思われるかもしれないですが、時間と労力が許すなら、書きたいことはまだまだあって、肉付けのエピソードは使い回しが多くなって参りましたが、書きたいテーマ(4000字を超えるだろうなという思いつき)はいっぱいあります。
今年、noteを書きまくってきて分かったのは、私はアウトプットをしながら、思考の整理をしてたんだ、という事実です。
今年一年はほぼ人と喋らない代わりにnoteを書きました。40年は人と喋って思考を整理して終わり。だったのが、noteに置き換えることで、曲がりなりにも、お金は取れなくとも、テキストデータを残す事が出来ました。
今年noteを書いて思ったのは、noteに一度書いてしまうと、書いたことを忘れるという事実です。自分の外に一旦出したものはもう自分の中で終わったことになる。
つまりこれまで40年間は、人と喋って、なんの形にも残さず、思考が移り変っていたのが、自分もそのテキストデータを読み返して、あーそんなこと考えてたんだ…、と発見したりするのです。
思考の軌跡を、ログを残した1年だったということです。
航海は変わらずにしてるけど、航海日誌を付けたか?付けなかったか?の差であり、情報の排出という点に絞っていえば、42年で得たものを大分出したのですが、そこから枝葉が分かれていく、思考の航海(移り変わり)は、今後も同じ速度で続くので、喋る→テキストを書く、に排出方法が変わっただけで、枯渇するわけではないのです(多分)。
まあ、書きたくてもインターネットに公開しない方がいいな、という事も多々ありますので、書いても公開しない、ということは今後もすると思うので、公開スピードは落ちるかもしれないですが、喋る→テキストを書くに、今年方法が変わったので、コストの許す限り、そうした方が自分にとって利があるので、今後も思考のログを取り続けて行こうとは思います。
喋るだと、聞いてくれる人が居ないと成り立ちません。テレビに向かって独り言を言ってるキモイババアには変わりないので、このnote自体がキモイと思われても仕方がないし、そういう人は通り過ぎてくだけなので、別に居ても居なくてもどっちでもいいです。
あと、喋るなら、その時間その話を聞きたくないと思ってるかもしれない相手を拘束するけど、テキストに書くなら、好きな人だけ読んだらいいし、嫌になればそこで読むのをやめる事も出来るし、読み手の自由意志の尊重になるので、お互い精神衛生上とてもよろしいですよね。
こういう具合に、♥した数の10倍♥を頂いて居るので、今までのSNSの利用状況とは真逆なので、noteさんは、私にとって合っているSNSになるんだと思います。
ツイッタランドで♥は公開されなくなったので、私自身軽率に♥押しまくるようになったのですが、とても、自分が押した♥の数以上の♥を頂くことは出来ません。
なので、ツイッタランドより、noteの方が私は受け入れられてると言えると思います。
そして今日時点で21人の方にフォローを頂戴していて、私はお付き合いのフォローを一切してないので、純粋に21人の方にフォローを頂いてとても嬉しく思ってます。
ゼロベースで、21は、少ないと思われると思いますが、私にとってはとても多いと思う数です。
とてもありがたく、そして重く受け止め、今後もnoteさんを利用させて頂こうと思います、
来年の課題は、自分発のテキストで、どうしたらお金が稼げるようになるか?を考えていこうと思います。
私はもう、体力の面でも、どんな面でも、若い頃のように、ライターとして営業活動をして、お金を頂く前提でテキストを書いていくことが出来ません。企画を出し続けるだけならできるけど営業も無理だし、肯定する前提でインタビューをしたり取材をしたり、納期を守ってそれを仕上げたり、経理関係をやる体力もありません。
なので、自分の思考のログが、何らかの形で金銭に変換できたら、そりゃとっても願ったり叶ったりなわけです。
テキストを残すというのは、情報としては古くなっていくけど、売るものの資源はログが増えれば、増える程増えて行くわけです。
するってーと、品揃えは増えていくわけです。
どうしたら、それにお金を払って貰えるようになるか…。が課題ってことです。
私は本という存在自体が好きなので、いつか本を出せたら嬉しいけど、先に示した有料記事は、本にとお話を貰っても、本にしたくないです。
noteの有料記事という、前提の限られた、修正可能なデータという形だから、書けたんです。
今のところ、読者様はめちゃくちゃ限られた少数ですが、もしこれが、予想以上に売れるなんて事が起こったら、値上げします。なんでか?というと、そんな多くの人に知られたくないし、知られたら困る事を書いてるのです。プライバシーの切り売りなので、やばって、数売れる事態になったら、普通に値上げします。それも10倍とか20倍とか、そういう単位で、値上げします。まあならないだろうけど。
本を商業出発したい、となると、出版社様に、私に300万投資してください!とニアイコールになる訳です。
そんなこと、怖くて自分から言えんわな。
そんなら、300万現金で貰った方がずっと嬉しいかも。
というわけで、note始めて約1年。
喋る→テキストに書く
に、頭の中の整理と、排出方法が、この1年で変わったって話です。
まだ早いけど、良いお年をお迎えください。
来年もよろしゅうお願いします。