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ライトノベルの賞に応募する(7)

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四時になったので僕は着替えて、荷物をまとめた。みんなはまだ校庭で走り回っている。僕は一旦帰って、買い物に行って、ミワのお迎えに行かなくちゃいけない。
「先帰るねー!」
 僕は大きな声で校庭に声を掛けた。
「おつかれー!」
 四方から声が届く。夕暮れにはまだ時間が早いが、僕は一人家路に急いだ。
 家に帰ると鍵を回して玄関に入る。玄関のすぐ右側には父親の部屋。左側には祖母の部屋になっている。父親の部屋からはテレビの音が大音量で音漏れしている。今日も家にいるのだ。僕はリビングの先にある階段を昇って自分の部屋に入った。ランドセルを学習机の上に乗せると、サッカーで汚れた練習着とソックスを出し、洗濯機に放り込んで、スイッチを入れた。風呂桶も軽く洗い、湯を張ってしまう。炊飯器の蓋を開けて、中身が空になっているのを確認すると、釜を出して洗い、4号量って米を研ぐ。炊飯器のスイッチも入れてしまう。時計は4時20分を越えていた。不味い不味い、早く買い物に行かなければ。
 僕はリビングのエコバックと財布を手に持ち、再び家を出た。玄関横のポーチに止まっている自転車を引っ張り出し、充電済みの電池をセットし、鍵を回した。そのままスーパーに急ぐ。昨日はハンバーグにした。父親と祖母の分だけ形とソースを変え、つくねにして出した。今日は何にしよう。冷蔵庫の中身を思い出し、あれこれと考える。昨日付け合わせにマッシュポテトを作ったら、ミワが喜んでペロりと平らげた。そのジャガイモと人参と玉ねぎが残っているから、カレーを作って、白滝を買って、三分の一を肉じゃがにしよう。カレー粉のストックはまだあるはずだ。ミワの口に合わせて甘口のカレー粉だ。カレー用の肉と、肉じゃが用の薄切り肉、それに白滝と、みそ汁の具にキノコを何種類か買おう。自転車を走らせながら、頭の中で献立と順序を考える。ジャガイモが足らなくなるかもしれないから、それも買ってしまおう。
 スーパーにつくと駐輪場に自転車を停め鍵を回した。野菜売り場で、ジャガイモ、エノキ、マイタケ、エリンギ、ミニトマトとレタスもかごに入れた。肉のコーナーで薄切りの牛肉と、ひき肉のパックを手に取る。カレーの具に塊の肉を使うと柔らかくなるまでに時間がかかり、手間がかかってしまう。ひき肉ならすぐに火が通るからミワを待たせることもないし、調理時間も短い。ミワの喉につまることもない。食べやすい。あと卵とポカリスエットのペットボトルを2本買った。
 ミワの幼稚園まで、自転車で10分ほどだ。5時を少し回ったところで、幼稚園についた。自転車を停め、立ち話しているお母さんたちの間をすり抜ける。ディフェンダーの間を静かに超えることをイメージする。ボールを持ったまま、ドリブルで抜くことを想像する。園庭からミワのいる教室の前まで走っていくと、ミワはまだブロックで友達と遊んでいた。担任の先生が僕に気が付き、
「ミワちゃーん!」
とミワを呼ぶ。先生が僕に歩み寄り、
「ミワちゃん、ちゃんとお弁当も食べてたよ。」
と、ミワの日中の様子をさりげなく教えてくれる。
「お兄ちゃん!」
幼稚園バックと帽子をかぶって、帰り支度を済ませたミワが僕に抱きつく。
「ミワちゃんはお兄ちゃんが仲良くていいね!」
と先生が声を掛けてくれる。
「うん!」
ミワが嬉しそうに返事をした。下駄箱で上履きから外履きに履き替える。
「ミワちゃん、今日、男の子とケンカしちゃったんですよ。」
と先生が言葉をつなげた。
「仲良しさんの、ユウ君わかるかしら?」
仲良しさんとは、クラスが変わったばかりの時に背の順で並んだ時に隣になった男の子で、一年を通して、ペアになって移動の時や行事をする。
「はい。」
「ちょっとね…。ユウ君が遊んでたおもちゃを、人に貸してあげられなくて、ミワちゃんが教えてくれたのよね?」
先生がミワも会話に混ぜて、教えてくれる。
「あの…。お怪我とかは…。」
先生が首を振って答えた。
「そんなに大きなトラブルじゃないの。ねっミワちゃん。」
「お庭でね、ユウ君ボール貸してくれなかったんだよ!」
ミワが大きな声でつづけた。
「あのね、あのね!」
外履きを履いたミワが、僕の足を掴んで言った。
「それでしたら、いいんです。ご迷惑をおかけしました。」
僕は先生に頭を下げると、ミワの小さな右手を掴んだ。
ミワも僕の左手を握り返してくる。
「ミワちゃん、さようなら!」
先生が少し大きな声でミワに声を掛ける。
「せんせい! さようなら!」
ミワが仰々しく大きな声で言って、頭を下げた。
先生がしゃがんでミワの頭をなでてくれる。ミワは満足そうに先生の顔を見た。
「ありがとうございました。」
僕が先生に頭を下げ、
「ミワ、行こう。」
と促した。
手をつないでいないと、どこに飛び出してしまうかわからない。僕はミワの右手をしっかりと握る。
「ミワちゃん! バイバーイ!」
園庭を突っ切ろうとすると、女の子たちが声を掛けてくれる。
園庭にはサッカーボールを蹴る男の子が居た。
「ミワ、ちょっといい?」
「なに?」
「あっちでお友達と遊んできて?」
「いいのー?」
幼稚園が終ってから、遊んで帰ることはほとんどない。ミワはランランと目を輝かせて、声を掛けてくれた女の子たちが遊ぶジャングルジムに走っていった。
僕はその男の子の前に静かにすっと入ると、体を入れて、ボールを奪った。
「あー!」
サッカーボールで遊んでいた男の子が、声を上げて、ボールをめがけて走り寄る。
「取ってみろよ!」
僕は大人げなく、ボールを足元でキープして、煽った。
僕の身長の半分より少し大きいくらいの男の子は、必死になってボールを取ろうとする。僕は軸足を変えたり、小さなドリブルの向きを変えたりして、その子を手玉に取る。
「早く取ってみろよ!」
男の子は顔を赤くして、必死になってボールを取りに来る。
こんな小さな子に負けるわけにはいかない。
「っーーー!」
男の子は言葉にならない悲鳴を上げて、必死になってボールに向かってくる。ボールだけを見ていたあの頃が懐かしい。僕もこのくらいの時に初めてサッカーボールに触れたのだ。
「ほら! すぐ取れるよ!」
僕はさらに煽った。
他の輪で遊んでいた子たちも、二人その輪に入ってくる。三人とも必死になってボールめがけて向かってくる。
僕は前方の壁に、ゴールを意識した。三人をするりと抜き、イメージしたゴールに向けてシュートを決める。
壁に当たったボールに三人の男の子たちが走り寄り、奪い合いをしている。僕はまたその輪の中に静かに入り、ボールを奪った。壁からドリブルして離れる。
背中に一人、正面に一人、右前方に一人。
僕は、幼稚園児でも、コーンではなく動く対象に夢中になっていた。3タッチでゴールをしよう。頭の中で決めると、まず左方向にワンタッチ、ボールを制止するのにワンタッチ、最後にさっき見たゴールに向かって、シュートを決めた。
「あーずるい!」
男の子たち三人が声を上げて、またフリーになったボールに向かっている。
ミワの方を見ると、ジャングルジムから女の子の顔が四つ、こちらにくぎ付けになっていた。
「ミワー!」
僕はジャングルジムに向かって大きく手を振った。
「ミワちゃんのお兄ちゃんすごいねー!」
「かっこいいね!」
サッカーをしていると、女の子の黄色い声援に励まされることがある。僕は間違っていない。そう思えた。
僕は三人の男の子の輪に入り、また静かにボールを奪った。ボールが奪われることが相手にもわからないように、静かに動く。いつの間にか、ボールが自分の足から離れてしまっている。そんな風に相手に思われるくらい自然に、僕はボールを奪う。サッカークラブに行って練習している間も、放課後みんなで遊んでいる間も、僕はそんな風にボールと一体になりたいと思う。
ボールを地面と足でホールドする。
「ほら、動かさないよ! 取ってごらん?」
僕はまた三人を煽った。三つの小さな足が、ボールに向かって伸びてくるが、その位の衝撃ではびくともしない。
「がんばれ!」
僕は3人に向かって言った。
ボールを自分で奪いたいと思う。その思いが強ければ強いほど、サッカーはうまくなる。僕はそんな風に思っている。
「ほら、戦うんだ!」
僕はサッカーのコーチにいつも言われている言葉を言っていた。
「もっと競れ! 戦え!」
まるで自分に向かって言っているような気分になった。
「負けるな! 戦え!」
少しドリブルをして、三人から離れるが、三人とも必死になってボールに向かってくる。ボールしか見ていない。僕の足元を凝視して、なんとかボールを奪おうと必死になっている。
がんばれ! 僕は心の中で3人を応援した。
最初に一人で遊んでいた男の子の位置を把握する。
僕の左側前方だ。
僕はその子向かって、
「あの壁が、ゴールだよ! パスするから、ゴール決めるんだ!」
その子頷くのがわかる。
奪おうとする足が2本に減る。僕はその子からほんの少し距離を作り、優しく、パスをした。相手が受け取るときに困らないよう、その右少し前に優しく、優しくパスを出した。弾いていることを誰にも気が付かれずに、ハノンのアルペジオを優しく弾くみたいに、僕はそっとボールを押した。
その子の右少し前に優しくボールが転がる。次の瞬間、そこめがけて足を運んだ男の子がシュートを決める。低い位置に、壁にやっとバウンドするほど弱い力だが、ちゃんとシュートを決めた。
「イェーイ!」
と僕からその子に向かって、両手を出した。男の子は背伸びをしていっぱいに両手を広げ、僕を笑顔で受け入れてくれる。こういうパスが通ると、給仕できると嬉しくなる。ボールが通るということは、僕の考えてることが間違いじゃないと教えてくれる。漢字テストの〇のように、算数の問題の〇のように、僕を勇気づけてくれる気がする。
後から加わった二人が、壁のボールの奪い合いを始めている。僕はまた一度、ボールを奪い、
「今度は誰がシュートを決める?」
と聞く。
三人とも
「俺ー!」
と声を上げてアピールする。
僕はまたドリブルをして、壁から少し離れた。
ミワの居る方向に目をやる。女の子の顔の位置がさっきと変わらず、そのままの場所で固まっている。そのままドリブルをして、三人の前にわざと出て、一人ずつ目の前で抜いて、今度は自分でシュートを決めた。
「お兄ちゃんすごい!」
三人が口々に僕をほめてくれる。さすがに幼稚園児に負けるわけにはいかない。
「もう帰るから、またやろうな!」
三人がらんらんとした目で僕を見つめている。
「練習しとけよ?!」
「うん!!」
三人は声を揃えて言った。
「ミワー! 帰ろう!」
僕は大きく声を上げて、ミワを呼んだ。

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