ライトノベルの賞に応募する(29)
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朝起きてから僕はずっとソワソワしていた。湯川さんは夕方からの勤務と言っていた。夕方って何時なんだろう。僕はまだ見ぬギターを貸してもらうことを心の底から楽しみにしていた。
大富豪のメンバーにサッカーに誘われた。
でも僕は、
「ごめん、これからサッカーは一人でするわ。」
と言えた。相手が不快になるだろうとは想像できたけど、僕は僕を大事にするのがここでの課題なのだ。仲間外れや最悪いじめになってもいい。つまらない時間を過ごすくらいなら一人でもいい。ミワもいる。オトナがそういうことに加担することはないだろう。子供同士のなかで、そういうことになったって、所詮短時間の付き合いなのだ。僕は結構割り切って考えることができた。
そういうわけで午前中はずっと一人でサッカーした。準備運動とランニング。僕は飽きるまで庭のフェンスの沿ってその場を何周も走った。そしてリフティング。リフティングに飽きると壁相手に壁打ちをした。ミットフィルダーの僕にだって、ゴールに対する練習は必要だ。壁にゴールをイメージしてセンタリングシュートの練習もした。コーンは倉庫に見つからなかった。コーンを使って練習することなど、ここの用具を準備した人は想定できていないのだろう。僕は少し考えて、細長いバトンを見つけたのでそれをコーンの代わりに使うことにした。風に飛ばされず、地面にしるしを作ってくれればそれでいい。バトンはきっとリレーの練習とかを想定して用意されているのだろう。僕はその束を持って出て、いつもコーンを並べるように一定間隔を置いて、バトンをひとつづつ地面に置いた。それを敵に見立て、ドリブルの練習をする。何度も何度も、敵が居ることを想定して、ドリブルの練習を繰り返す。僕が敵の前に音もなくするりと出て、相手に気が付かれないように静かにボールを奪い、ドリブルで敵の間をすり抜けることを想像する。最後に壁の仮想ゴールに向かって強くシュートをする。
いつも通りのサッカーのメニューを繰り返していると、いつの間にかお昼になった。声が掛って庭に出ている人たちも室内に消えていった。僕は使ったバトンとボールを片付け、抱えて倉庫にしまい、一番最後に室内に戻った。
昼食では、予想通り誰にも話しかけられなかった。大富豪も途中で抜け、一緒にサッカーをやることも僕が拒否したのだ。こうなることも想定内だ。大富豪のメンバー以外でも、そういう話は広まるのは早い。僕を避けようという空気になるのは至極自然なことだ。元々食事をしながら喋るのは好きではない。無視されるのは初めての経験だけど、つらいとか悲しいより、気が楽だと思った。僕はいつもの通り早々に食事を済ませ、ぼんやり窓の外を見ていた。木の青が濃くなっている。世の中は夏に向かって進んでいる。僕たちの境遇なんて関係なく季節は進む。地球は今日も回転し、時間は同じだけ進んでいる。
食事終わりに成田さんに声を掛けられた。
「ここに来るときに連れてきてくれた、松波さんって覚えてる?」
ああ、あの女の人か…。ここにきて一気に環境が変わり、関わるオトナや人が増えて、確かに混乱している。
「…はい。」
「彼女ともう一人が、シュウ君とミワちゃんのワーカーさんになったから、明日面会したいそうなんだけどいいかな?」
帰るための話し合いだろうか。
「はい。」
「午後に来るそうで、ミワちゃんと、シュウ君、別々にお話聞くから、よろしくね。」
「…はい。」
「…なにか、困ってることはない?」
「…? 別にないです…。」
「そうか、何でも言ってね。じゃあ。」
僕はまたサッカーに戻った。バトンを等間隔に置いて、午前中の続きをする。基本的な動きを繰り返し、繰り返しして、自分とボールとの距離を縮める。できるだけ自分とボールを離さないように意識する。ボールに集中していると、周りの様子が一切気にならなかった。僕に近づいてくる人は誰も居ない。僕は壁際の一角を陣取り、いつもの通りボールに最大限集中する。ボールコントロールの練習なら一人でもできる。というか、一人でできなければ試合でできることなんてない。思う通りの場所にボール持っていき、思う通りに身体を動かし、思う通りの場所を使ってボールをコントロールする。そういう練習は地味だが、僕はボールと場所さえあればよかった。靴はスパイクではない普通の運動靴だし、脛あてもない。少し感覚は違うけれど、この状況でだって自分の思う通りにボールコントロールができれば、きっと実戦でも役に立つ。僕は一人で省スペースでできる基本練習を、思いつく限りした。気が付くと周りに誰も居なかった。庭には僕一人だった。成田さんが庭に出てくる。
「シュウ君、おやつの時間だよ!」
そう大きな声で僕を呼んだ。おやつの時間だと声を掛けられていたことさえ気が付かなかった。特にお腹は減っていない。僕は成田さんのところまで走って行き。
「お腹が空いてないので、おやつパスしてもいいですか?」
と聞いた。おやつなんかより、サッカーがしたかった。
「大分集中してるみたいだね。いつもそうなの?」
「…ええ…。まぁ…。」
「できればみんなと一緒に食べて欲しいけど、できない?」
「それより練習したいです。」
「そうか。みんなおやつは楽しみにしてるもんなんだけどな。」
「お腹空いてないので、続きしていてもいいですか?」
「そうだね。できればみんなと食べて欲しいんだけど、今日は日曜日だし、明日からは学習の時間もあるから、できる時間は午後だけになるもんな…。」
「…。そうなんですね。じゃあいいですか?」
「今日だけだよ。明日からは時間のルール守ってね。」
「はい。」
僕はボールをドリブルしながら、さっきの場所に戻って練習を続けた。成田さんはそこから僕を見ていた。
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