ライトノベルの賞に応募する(21)
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目が覚めた時、僕は混乱した。いつもの風景と違う。最初に浮かんだのは、ここはどこだ? ということだった。眠りから意識がはっきりするにつれて、昨日の記憶が蘇って来た。そうだ、僕は警察から、なんだかよくわからないところに連れて来られて、一晩寝た。ミワは? 最初に思い浮かんだのはミワの事だった。起き上がって隣のベッドを見る。ミワが居ない。僕は焦った。枕元に昨日僕が着ていた衣類が畳まれて置いてある。柔軟剤の匂いがした。僕はとりあえず、パジャマからその服に着替えることにして、急いで部屋を出て階段を降りた。
階段を降りると、荒井さんが居た。
「シュウ君、おはよう。よく寝れた?」
「あの! ミワは?!」
「ミワちゃんね、食堂に居ると思うわ。楽しく遊んでるわよ?」
僕は昨日夕飯を食べた食堂に急いだ。勢いよくドアを開けると、ミワは椅子に座り、高瀬さんに絵本を読んでもらっていた。
「ミワ!」
大きい声を出してしまった僕に、ミワと高瀬さんが顔を上げてこちらを見る。
「お兄ちゃん!」
僕はミワの元に走って行って抱きしめた。
「ミワちゃん、いい子にしてたわよ。」
と、高瀬さん笑ってが言った。
「シュウ君も座って?」
高瀬さんが言うので僕はミワの前に腰をおろした。
「ミワちゃん朝ごはんもしっかり食べて、お風呂も入ったからね。」
高瀬さんが続ける。
「ミワちゃん、昨日晩御飯食べてないでしょ? だから朝起こしに行ったのよ。シュウ君昨日のこと覚えてる?」
「っえ?」
「シュウ君、ミワちゃんのベッドの横で、座りながら寝ちゃってたのよ?」
高瀬さんが笑いながら続ける。
確かに僕はベッドに横になった記憶がなかった。
「ベッドに運んだんだけどね、シュウ君起きなかったから、ミワちゃんだけ先に起こすことにしたの。疲れてたのね。」
「…すみません…。」
「謝ることじゃないわ。ミワちゃんのこと本当に大事に思ってるのね。」
ミワの頭を撫でながら高瀬さんは言った。
「勝手だけど、洗濯物も洗って乾燥機かけておいたわ。」
「…ありがとうございます。」
「シュウ君、お腹は? お腹空いてる?」
「…、あっいえ…。」
「もうすぐお昼だから、それまで我慢できるかしら?」
「っえ?」
「もう11時よ。」
高瀬さんは笑顔のまま言った。
僕はそんなに寝てしまっていたのか…。
「昨日は大変だったから、シュウ君もつかれてたのよ。」
僕の考えを見透かすように、高瀬さんは言った。
「お母さんと連絡が取れてね、明日の朝には退院ですって。昨日のうちに縫合が済んで…。お怪我、頭だったでしょ? だから、その検査も念のためして、なんにもなければ、明日の朝には退院するって。よかったわね。」
「じゃあ、僕たちは明日帰れるんですか?」
「…ごめんなさい…。それは私たちが決めれることじゃないの…。」
高瀬さんは申し訳なさそうに言った。
「お母さんにも、お父さんにもよくお話を伺って…。シュウ君とミワちゃんのお話も聞きたいから、あとで教えてくれる?」
「…はい…。」
抵抗しない方がいいと思った。できるだけ素直に応じて、問題がないことをわかってもらえれば、すぐ帰してもらえるはずだ。
「学校にもご連絡してあるから、安心してちょうだいね。担任の先生、いい方ね。シュウ君のことをすごく心配しておられたわ。」
「…。」
「明日は土曜日で学校も休みだし、休憩だと思って少しゆっくりしましょ?」
「…。」
視線を部屋に移し周りをうかがう。昨日はそんな余裕がなかった。
「あっあれ、ピアノ…。」
高瀬さんも後ろを振り向いた。
「あっ、電子ピアノだけどね。シュウ君はピアノを弾くの?」
「…少し…。」
「弾いてもいいのよ?」
高瀬さんに言われた。目立つのは嫌だし、どうしよう…。
「弾いてみる?」
「…。」
「聞かせてよ。」
高瀬さんに促される。
「お兄ちゃん、ピアノ上手いんだよ?」
ミワが高瀬さんを見上げて言った。
「あらそうなの! 私も聞かせて欲しいな。」
そう言って、高瀬さんは立ち上がってピアノに向かい、電源を入れた。
「シュウ君、どうぞ?」
僕は立ち上がって、ゆっくりピアノの方に向かった。どうしよう。何か弾かないわけにいかなくなってしまった。
何の曲が適切なんだろう。僕は迷った。子犬のワルツ、トルコ行進曲…。知られている曲の方がいいだろう。
僕はピアノの前の椅子を引いて浅く腰かけた。
ゆっくり両手をピアノに乗せる。
ゆっくりしたテンポで弾き始める。
「キラキラ星だ!」
別の席で遊んでいた男の子が声を上げる。
曲は次第に盛り上がって音の数が一気に増える。
主旋律が終ったところで弾くのをやめた。
気が付いたら周りはギャラリーで囲まれていた。部屋にいる人みんなが僕を見ている。
「シュウ君すごい!」
高瀬さんが拍手をしながら言った。
「いえ…。」
「ねぇ、お兄ちゃん、トゥモロー弾ける?」
ミワより少し大きいくらいの女の子が、僕のシャツの裾を引っ張って言った。
「えっ? 楽譜ある?」
僕は答えた。トゥモローって誰の曲だろう。聞いたことがなかった。高瀬さんが
「ちょっと待ってね。」
と言って、部屋を出て行った。
「ねぇ、歌ってもいい? あたしね! アニーになるの!」
女の子は裾を引っ張って続けた。歌のある曲? ポップスなのだろうか…。
高瀬さんが戻ってきて、楽譜を渡してくれる。
チャールズ・トラウス? 聞いたことのない作曲家だった。編曲、岡田淳子とあった。この人も知らない。楽譜に目を落とす。BPMは81。初見だけど、このくらいゆっくりな曲なら弾けないこともないだろう。頭から最後まで楽譜に目を落とす。
うん。弾けないこともない。
僕はゆっくり鍵盤に手を置いて、最初のフレーズを弾き始めた。
ワンコーラスのあと、その子が歌いだす。かなり張りのある、しっかり声量のある声だった。
朝がくれば トゥモロ
いいことがある トゥモロー 明日
夢見るだけで トゥモロ
辛いことも忘れる いつかー
寂しくて 憂鬱な日には
胸を張って 歌うの オー
朝がくれば トゥモロ
涙のあとも消えて ゆくわー
トゥモロ トゥモロ アイラブヤ
トゥモロ
明日はしあーわーせー
朝がくれば トゥモロ
いいことがある トゥモロー 明日
夢見るだけで トゥモロ
辛いことも忘れる いつかー
寂しくて 憂鬱な日には
胸を張って歌うの オー
朝がくれば トゥモロ
涙のあとも 消えてゆくわー
トゥモロ トゥモロ
アイラブヤ トゥモロ
明日はしあーわーせー
トゥモロ トゥモロ
アイラブヤ トゥモロ
明日は しあーわーせー
聞いていた部屋中のみんなが拍手をしてくれる。
「すげー」誰からともなくそんな声が聞こえる。
高瀬さんは涙ぐんでいた。
「シュウ君、この曲知ってたの?」
高瀬さんが言う。
「いえ、初めて弾きました。」
「すごいわね。この曲はミュージカルの曲なのよ?」
涙をぬぐいながら言った。
「アニーっていう、ミュージカルの曲なの。」
高瀬さんはもう一度涙をぬぐった。
「映画のDVDがあるから、今度見ましょう? 前向きになれるいい曲だと思わない?」
「…、はい」
「毎年ミュージカルをやってるんだけど、キョウちゃんは、オーディションを受けるのよね?」
「うん! ママと約束した!」
歌を歌った女の子が元気に言う。
高瀬さんは、まだ涙をぬぐっていた。高瀬さんがなぜ涙を流したのか、僕には分からなかった。
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